第5話 配信計画

 数秒も経たないうちに、瑠那は音を上げた。

「も、もうやめて! 無理……無理、だから」

そう言ってようやく邪悪な気配が失せ、瑠那は肺に酸素を入れることができた。

「はぁッ……はぁ、うぁ」

 安堵にたまらずうめき声が出る。全く息をするのを忘れていた。

――廃トンネルの奥へ進むより、怖かった。

「……降参。わかった。信じる。あと、刃向威くんの計画に乗るよ。私、このままじゃ嫌だから」

 そう言うと彼は少し意外そうな顔をした。

「苗字にくん付けなんて、初めて呼ばれたな。しかも、俺に憑いてる奴の姿を明かした後で」

 なんて呑気に言う顔は、ちゃんと人間と言った感じで、瑠那はなおさら、将人のことがわからなくなる。

「じゃあ、交渉成立ってことで。配信の計画でも練ろうか」


 将人は、事前に用意していたらしい計画を説明してくれた。

「まず、前回参加したメンバーを全員集めて欲しい。全員でもう一度、旧S村のトンネルに入るんだ」

「んー、難しいと思うけど。結構みんなトラウマっぽいんだよね。若干私も……」

 すると将人はゆっくりと、諭すように言う。

「でも、このままじゃ嫌なんだろ? 問題を完全に解決したいのなら、チャンスは今回くらいしかない」

「わかった。一応説得はしてみる」


 ちょうどそのタイミングで、将人が注文したコーヒーが届いた。彼はストローに少しだけ口をつけた後、さらにこう提案してきた。

「で、ここが俺としては一番大切なところなんだけど。できるだけツテを頼って、配信チャンネル数を増やしたい。大規模なコラボ企画にしたいんだ」

「増やしたいって、どれくらい? 」

 瑠那が眉をひそめてそう聞くと、将人はちゅーっとストローでコーヒーを飲んだ後、こともなげに言った。

「同接が最低でも一千人くらいかな」

「いやいやいや!? 舐めすぎだって絶対無理! 」


 同接――つまり、同時接続数。

 ライブ配信を同時に見ている視聴者の数だ。正直、瑠那は編集して動画をアップする場合とライブ配信がほぼ半々だが、ライブ配信の同時接続数はさほどいった試しがない。運が良くて数百人程度だ。そもそも配信業はトータルの視聴数が重要。アーカイブに残って視聴回数が伸びれば良い。同接数なんて気にすることも、無理にあげる必要もないと思っている瑠那だ。

「同接なんて、収益に大きく関わらないから気にする必要ないよ。無理にそんなリスク取らなくても」

 実際、声をかけるだけかけて失敗したら? 将人どころか、瑠那たちの今後にも関わる。

 しかし将人は、引き下がらなかった。

「いいや。同接数こそが大切なんだ。こと、この除霊配信ってスタイルにおいてはね」

 それは冷静で、至って真面目な声音だった。

「悪霊の持つ力。神秘性は、人の「認識」によって弱体化する」

「なにそれ。どういうこと」

 将人は笑って、ゆっくりと説明した。


「悪霊はさまざまな不可思議を引き起こす。でもその源泉になっているのは、わからないことへの人々の恐怖だ。そういったものは、大勢の人に見られ、聞かれると、現象の神秘性が薄れる――例えば突然、俺が今飲んでるコーヒーのグラスが倒れ、中身が溢れたとする。どんな原因が考えられる? 」


「刃向威くんが不注意で倒しちゃったんじゃない? 」

「有り得るな。他には? 」

「窓が開いてて、急に強い風が吹き込んだとか? 小さな地震が起きたとか」

「そう、大抵のことは物理現象で説明できる」

 瑠那はそう言われて定番の怪現象を思い浮かべる。

――ラップ音はただの家鳴り、見知らぬ影は見間違い、金縛りは脳より先に肉体が寝てしまうのが原因とも言う。


「蓋を開けるまで、実証するまでわからない。その神秘性が悪霊にとって大事なんだよ。だが大勢の人に観測されると、大勢の人の「本当なのか? 」という実証を望む目線に晒される。それが現実世界への「矯正(きょうせい)」として働く、つまり、悪霊は大勢に見られると弱る」

 だから、と将人は続けた。

「同接数は大事だ。悪霊を弱らせ、最高効率で除霊するためにな。ここは譲れない」


 瑠那は無謀だ、と思った。しかし今までにない試みに、同時に心が動かされてもいた。

(実際、私のコネで人を集めれば無謀な数字じゃないか……)

そしてもう一つ気づく。

「じゃあ刃向威くん、君って悪霊を弱らせたいから、配信したいわけ? 」

問いかけに彼はすんなり頷いた。

「まぁ、そうだね。実際面倒なんだよ除霊が長引くとさ。だから手っ取り早くやりたいわけ。ついでにお金も稼げる。いいことずくめ」

(本当にそれだけ? )

悪霊を倒す、除霊の配信……そんな大それたことを企む理由が、他にあるんじゃないだろうか。そんな疑念が、その後の打ち合わせの中でもずっと拭えずにいた。

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