第4話 除霊士の主張

「除霊を、配信? 」

 瑠那は考えをまとめることもせず聞き返し、そして断言した。

「いや……絶対ムリでしょ、そんなの」


 まず、あの廃トンネルで動画を撮影したことを思い返す。機材トラブルがあった上、それでも撮れた映像をチェックしても、決定的な瞬間は何も映っていなかった。配信者の一人が体調を崩して、倒れ込むシーンでさえ。


「あれがもし本当にその、霊とかのせいって言うんなら。それこそ配信するだけ損するに決まってる。機材は壊れる、撮れても何も映ってない。しかもライブで? 絶対無理だって。前提から、撮れ高のイメージができない。しかも私に起きてる現象の原因も、あなたの目にしか映らないんでしょ? 」


 将人は動じず頷いた。

「ご高説どうも。さすが現役の配信者だ。けれど……俺だって、伊達に除霊士をやっているわけじゃない」

 そう言って彼は懐から何かを取り出した。スマートフォンだ。

「まずはこれをみてくれ」

 操作した後、こちらに向けてくる。画面の中が動き出す……動画のようだ。

「俺の除霊の一幕さ」


――夜の闇に、電灯らしき灯り。屋外だ。立ち並ぶ樹木が見える。森の中か。

 画面の中央。誰かが苦しげな様子で膝をついている。

 老人だ。うめきながら何かを叫んでいる。将人が音量をゼロにしているのかそれともそもそも録れていないのか、音は出ない。

 ただ、男が非常に苦しそうにしているのはわかった。音のない絶叫。体をのけ反らせ、謝るように地面に伏す。その背中から、

 まるでセミが羽化するかのように、真っ黒い影が湧いて出た。

――羽のように広がるのは、もがくように蠢く手が二本、三本、いや四本……さらに増え続ける。腕を増やしながら地面を掴み、男の中から真っ黒な坊主頭が顔を出す。暗がりもあって表情が見えない。しかし、ぽっかりと空いた、さらに暗い口だけが見えた。カメラに向かって、這い寄ってきて――

 そこで、半分を遮るように、画面の中で影が割り込んだ。背格好からして、どうやら将人だ。

 歩み寄った彼は、銀色に灯りを反射する何かを手にしている。それを、無造作に、謎の影に向かって振り上げる。

 そこまでで、動画は終わっていた。


「ほら。映ってるだろ? 」

 得意げな将人に、瑠那は何とか言葉を絞り出す。

「……合成、でしょ。こんなの」

 そう言いつつ、瑠那はあっけに取られていた。自分でもうまく説明できないが、画面越しでも伝わる圧のようなものを感じた。


「いいや、合成なんかじゃない。悪霊だって、ある条件下では一般人の目にも、写真や動画にも映るのさ。だが奴らは、自らの力が暴かれるのを嫌う。つまり邪魔してくるわけ。けれど、俺のような除霊士の霊力がこもった機材は、干渉されない」


 だから映っている――つまり、この映像は現実だと?

「まだ、信じられない」

 瑠那は恐怖を堪えつつ、無茶を承知でもう一歩踏み込んだ。

「決定的な証拠を見せて、信じさせてよ。じゃないと貴方の力も、私たちが救われる保証も持てないし」

 すると将人は目を細め「君って、意外に怖いもの知らず? 」と返す。

 続いて彼はふと、居住まいを正す。背筋を伸ばし、まっすぐに瑠那を見つめる。


「じゃあ、びっくりさせすぎても悪いし、余談から――まず、悪霊ってのはさ、土地や人に居着く。彼らは、何かに寄りかかってないと生きていけない。そこがまぁ、人間とは違うとこだな」

 言って彼は、テーブルに立てかけた長い包みに触れた。

「そして悪霊は、その依存先を守ろうとする時、本来の姿を、力を現す。例えば、他の悪霊に存在を察知し、脅かされたと感じた時。つまり俺にも、そこそこエグいのが憑いてるんだ。そいつがいるなら、並の悪霊は姿を見せる」


 将人の雰囲気が、大きく変質した。

 先ほどまでの穏やかで、フランクながらも一線を置いた雰囲気が剥がれた。そこにあるのは得体の知れない、人間以外の何かに見つめられているという確信だ。

 優しく、彼が呟いた。

瑞螭みずち

 そうして彼の背中から、それが現れた。

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