第3話 モノクロの青年

 待ち合わせ五分前きっかりに、テラス席に近づく影。

「お待たせして申し訳ありません。望月 瑠那さん」

 見上げた先にいたのは長身の青年だった。

 きっと、こんな出会いじゃなければときめいていたかも知れない。身長はおそらく一七五センチほど。髪型は爽やかなショートのセンターパート。目鼻立ちのはっきりした、顔立ちの凛々しいイケメンだ。


(え、フツーにタイプかも。いやでも、何だろ)

 一目見て受けた印象以上に向き合い続けて数秒、瑠那は気づいた。

――モノクロだ。

 墨のように濃い黒髪、羨ましいのを通り越して病的なまでに白い肌。着用しているのはスタイリッシュにした学ランのような、動きやすそうな黒のコート。ファッションというより、決まり切った「制服」のように瑠那には見えた。

 何より、吸い込むような深い瞳。見つめれば、その瞳孔の奥に落ちてしまいそうな。

 ついまじまじと観察し続けてしまって、瑠那は「しまった」と思った。


「ごめん。えーと。キミが、刃向威くん? 」

「はい。刃向威 将人と申します」

 ゆるりと彼が頭を下げる。

(改めて思うけどすごい苗字だな)

 そんな感想は内に留めて促す。

「あー、いいよ、向かい座って」

「では失礼して」

 将人が腰掛けた。流れるように自然に、そして背負っていたらしい何かの包みを、テーブルに立てかける。

 瑠那はここまでのやり取りでもうむず痒くなっていた。

「あのさあ。私と結構年近いじゃん。なんで敬語なの」


 事前にDMである程度必要なやり取りは済ませている。年齢は瑠那とそう変わらない二十二歳。瑠那が霊障……謎の現象に襲われていると気づいたのは、瑠那の別の配信を見ていた時に、彼にしか見えない何かに気付いたからだという。

 やけに丁寧な文面だなと思っていたけれど、面と向かって話すと言うのに敬語というのはなんとも落ち着かない。しかし彼はさらりと言う。

「お客様相手ですから」

 白い歯を見せて軽く微笑む。ますます胡散臭い。

「まだそう決まったわけじゃないでしょ。だから、タメ口で話して。違和感すごいから」

 彼は軽く頷いた。少し考えるような素振りの後。

「じゃあ、望月さんだから……もっちー」

「急に距離詰めてくるじゃん。キモいからやめて」

「オッケー。じゃ、望月って呼べばいいか」

 急に、丁寧な声音がフランクで男らしいトーンに変わる。つい、ドキッとしてしまった。


 ペースを乱されているのが何だか悔しい。瑠那は場の空気を変えようと、単刀直入に聞いてみた。

「で、本当なの? その、除霊……とかで、私たちを助けられるって」

 DMで彼はそう言っていた。だからこの場を設けたのだ。

 すると将人はあっさりと頷く。

「もちろん。俺に任せてくれれば、ものの数時間でかたがつく」

 そう言いつつ彼は店員に声をかけ「アイスアメリカーノを」なんてちゃっかり注文している。

「じゃあさっさとやってみせて、今ここで」

 そう言ってテラス席を見渡す。

 すると彼は口の端に笑顔を浮かべて言った。

「ここじゃ無理。だって、ここはあの、廃トンネルじゃないんだから」

 何となくそんな返答は予想していて、瑠那は不貞腐れてみせた。

「なんだ。使えない」

「わがまま言うなよ。俺の仕事は、君らに害を及ぼす悪霊を、倒すこと。その悪霊は例のトンネルにいる。この時代でもリモート除霊はさすがに不可能だ」


 悪霊に、除霊。恥ずかしげもなくそんなことを言う彼の言葉を、なぜか完全に否定しようと思えない。きっとそれは瑠那が様々な不可解を、経験している最中だからかもしれない。

 そしてするりと、今度は将人が要求を口にした。

「それに、実は俺の除霊にも条件があるんだ」

 仕方なく視線を受け止めると、彼は言った。

「解決の見返りに、俺と、望月……二人でコラボした配信を企画しよう。今までにない、除霊のライブ配信さ」

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