ナランキュラス「舞台の片隅に」

 薄暗い劇場の控室に花束が一つ置かれていた。

 鮮やかなラナンキュラスの花々が、ほのかなスポットライトの下で輝いている。

 濃い赤、柔らかなピンク、明るい黄色──その花びらの重なりは、まるで小さな世界を閉じ込めたかのようだった。

 花束の送り主は分からない。けれど、控室にいるリナには、その花が自分へのものであることがすぐにわかった。舞台に立つ彼女を、誰かが見ていてくれたのだろう。

 リナは小さな劇団で役者をしている。主役を演じることは少なく、彼女が舞台に立つのはいつも脇役だった。それでも、演じることが好きだった。小さな役にも意味がある。どんなシーンでも、自分が光を届けられるなら、それでいい。

 今日の公演も、彼女の出番は少なかった。主役の華やかな演技を引き立てるために笑顔を作り、袖に消えていく。そんな彼女の姿を、誰かが見つめてくれていたのだと思うと、胸が少しだけ温かくなった。

 本番が始まり、劇場の幕が上がる。主役の輝きに引き寄せられた観客たちが、物語の中心に目を向けている。けれどリナは知っていた。舞台全体を彩るのは、決して一人の力ではないこと。

 彼女が登場する場面。

 主役の横に立ち、短いセリフを口にする。大きな拍手が起きるわけでも、視線が彼女に集まるわけでもない。それでも、観客の中にはきっと彼女を見ている人がいる。

 あのラナンキュラスの花束がそう語りかけてくれているようだった。

 公演が終わり、控室に戻ると、リナはラナンキュラスをそっと手に取った。花びらが重なり合い、光を集めるように輝いている。その美しさに、自分の小さな役割もまた一つの輝きなのだと思えた。


「ありがとう」


 リナは小さくつぶやいた。誰に向けたものかは分からない。それでも、その言葉はラナンキュラスの柔らかな光の中に溶け込んでいった。


「ラナンキュラス」花言葉

・とても魅力的・光輝を放つ

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