ヤツデ「八つの手の傘」

 古びた路地裏に小さな診療所があった。

 大きなヤツデの木が玄関先に茂っていて、その大きな葉が雨の日にはまるで傘のように人々を守っていた。

 診療所の医師、斎藤先生はこの街で長く暮らし、誰からも親しまれる存在だった。70歳を超えた今も、穏やかな笑顔で患者たちを迎えていた。診察室に入ると、先生はいつもこう言う。


「まあ、ヤツデの葉みたいに大きな気持ちでね、一緒に話していきましょう」


 斎藤先生には、ある信念があった。

「病気を治すのは薬だけじゃない。話を聞いて、寄り添うことも治療の一部だ」

 そんな彼の元には、どんな小さな悩みでも相談しに来る人が後を絶たなかった。

 ある雨の日ひとりの若い女性が訪れた。

 彼女は疲れ切った表情で肩からずぶ濡れのバッグを下ろした。受付の椅子に座ると小さな声で「ただの頭痛なんです」と言った。

 診察室に入ると、斎藤先生はヤツデの葉が描かれたマグカップにお茶を注ぎ、彼女に渡した。そして静かに言った。


「頭痛の原因は、体だけじゃなく心の疲れかもしれませんね。何か気になることがあったら、話してみませんか?」


 女性はしばらく沈黙していたが、ぽつりぽつりと話し始めた。

 仕事のストレス、家族とのすれ違い、そして自分が何をしたいのか分からないという焦り。斎藤先生はそれを遮ることなく、ただ頷きながら聞いていた。


「あなたがこうして話してくれるだけで、私は何かお手伝いができた気がしますよ」


 最後に斎藤先生は言った。その言葉に、女性の目から涙がこぼれた。

 彼女が帰る頃、雨は止み、ヤツデの大きな葉が青々とした姿を見せていた。彼女は振り返り、その葉を見た。そして、どこかほっとした表情で診療所を後にした。


「ヤツデ」花言葉

・親しみ・分別

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る