ツバキ「椿の庭」

 古い日本家屋の庭に大きな椿の木があった。

 冬の冷たい空気の中、その木は静かに赤い花を咲かせていた。派手ではないが深い緑の葉に囲まれた赤い花びらは、どこか凛とした存在感を放っていた。

 その庭に住むユウは、毎朝、その椿の見える縁側で過ごすのが日課だった。大好きだった祖母が植えたこの木は彼女の思い出とともに彼の心に刻まれている。

 祖母はよく言っていた。


「椿の花は控えめだけど、いつもそこにいるでしょう?そういう姿が美しいのよ」


 ユウにとって、その言葉は抽象的すぎて子どもの頃はあまりよくわからなかった。ただ、祖母が椿の木を愛しそうに見つめる姿は忘れられなかった。

 祖母が亡くなってから数年が経ち、ユウは都会で忙しい生活を送っていた。仕事に追われ、周囲の目を気にして自分を作り続ける日々の中で、いつしか本当の自分を見失っていた。

 久しぶりに帰省し、椿の木を見上げた時、祖母の言葉がふと胸によみがえった。控えめでありながら、どこか誇り高い椿の姿。その花は、誰かに目立つために咲いているわけではない。ただ、そこにあり続けるだけなのだ。それでも、花の存在が庭全体に静かな力を与えている。


 僕はどうだろう。


 ユウは自分に問いかけた。誰かに認められるために頑張り続けてきたけれど、本当にそれが自分の望む道だったのだろうか。

 その日の朝、ユウは椿の木の下でしばらく座り続けた。冷たい風に揺れる花を眺めながら、自分もこうありたいと思った。


「ツバキ」花言葉

・控えめな美しさ・気取らない魅力・誇り

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