第15話 好意がばれている気がします

「せっかくの舞踏会ですから、ドレスも新調しましょうね」

 そう言って、ララは楽しそうにしているが、ディアナはあまり気乗りしない。

 昔は可愛い服が好きだったが、ユリウスの一件で装飾を避けるようになった。


 そして十年経った今では、すっかりシンプルな服装が好きになってしまっている。

 今更、フリルにレースやリボンなど付けたくはない。

 心の赴くままに装飾を排除した結果、だいぶ大人っぽい作りになってしまった。

 髪の色に合わせて紫色を使ったせいもあるだろう。


「わあ、素敵ですね姉様。紫色と白が清々しくて上品で。きっと似合うでしょうね」

「ララの色も素敵よ。可愛いわ」

 ララが選んだのは淡いピンクの生地で、そこに大小のリボンがつけられている。

 これぞ女の子という愛らしいデザインは、ディアナには縁遠いものだ。


 似合わないことはわかっているので自分が着たいとは思わないが、これが似合う女性だったらと少しだけ考えてしまう。

 きっと、こういうドレスが似合う女性のことを『可愛い』と言うのだろう。


「ありがとうございます、姉様。……そう言えば、ユリウス様にドレスの色は伝えたのですか?」

「いいえ。当日エスコートするだけだし、別に教える必要はないでしょう?」

 教えたところで、ユリウスの方も困ってしまうだろう。


「えー。……ユリウス様、かわいそうです」

「最近、そればっかりね。だったら、ララがユリウスにエスコートしてもらったら?」

 少し寂しい気持ちはあるが、男除指輪ときめきリングの危険もあるし、ユリウスもどうせなら可愛い女の子が相手の方がいいだろう。

 だが、ララは頬を膨らませてディアナを見ている。


「そんなの、ユリウス様に恨まれます。……もう、いいです。私が一肌脱ぎます」

 ララはよくわからないことを言うと、何やら拳を掲げて奮起している様子だった。




 舞踏会当日。

 律儀にもレーメル邸まで迎えにきたユリウスを見て、ディアナは固まった。


 いつも通り若草色の瞳は眩しいが、問題はそこではない。

 ユリウスは濃い灰色の上着を着ているのだが、その胸を飾る花がおかしい。

 正確には、花の飾りの色がおかしい。


 大ぶりの真っ白な花と小ぶりの紫色の花が並んでいるが、これはディアナのドレスの色とほぼ同じではないか。

 まさかの偶然に、ぽかんと口を開けて見ることしかできない。


「ドレスの色はもう少し早く教えてくれよ。こっちだって用意があるんだ」

 さも当然のようにそういうユリウスだが、まったく意味がわからない。

「え? 早くって……そもそも教えていないわよ」

「ララ嬢から聞いた」


 慌ててララを見てみれば、にこりと微笑まれた。

 何て余計なことをするのだ。

 嬉しくてときめきそうになるではないか。


 ……ということはディアナの気持ちがばれているのだろうか。

 妹に実らぬ恋心を知られているというのは、何だか切ない。

 何にしても、ときめく要素は排除しなければ危険だ。



「……とりあえず、外してくれる」


 ユリウスの胸の花飾りをむしり取ろうとすると、手を掴んで逸らされる。

 それどころか、どこからか取り出した同じ花の飾りをディアナの髪につけようとし始めた。

 驚いて一歩下がると同時に火花と静電気……というよりは小さな爆発音が聞こえた。

 ユリウスは直撃を受けたらしい右手を何度か振ると、不思議そうにディアナを見つめる。


「ど、どういうつもりよ」

「これをつけようとしただけだ。エスコートするんだから、これくらいは普通だろう」

 あまりにも当然のように言われるので、ディアナも混乱してしまう。


「普通、女性の髪に突然触れるものなの? 随分と手慣れているわね」

「ええ、いや……まあ」

 何やらはっきりしないが、これはユリウスにとってエスコートを引き受けたら当然のことなのだろう。


 この様子からすると他の女性にも同様のことをしているのだろうから、何も意味はないのだと自分に言い聞かせる。

 何よりも、ユリウスはディアナのことを可愛くないと思っているのだから、他意はないのだ。


「それにしても、既に髪飾りをつけていたら、かぶってしまってつけづらいのに」

「それは大丈夫。ララ嬢に聞いたから。ディアナは装飾をほとんどつけないドレスと髪型だって」

 ララからの情報漏洩がなかなか酷いが、ここでふと気になることが浮かんだ。



「エスコートでは普通ということは、王都では皆そうして色や飾りを合わせるものなの?」

「え? ああ、まあ、そうだな」

 なるほど、そういうものなのか。


「領地に引きこもっていたから、知らなかったわ。ごめんなさい」

 危うく、ユリウスに恥をかかせるところだったようだ。

「いや、謝らなくてもいいよ」

「なら、きちんと身につけないといけないわね」


 何故か焦った様子のユリウスから髪飾りを受け取ると、メイドにつけてもらうべく、屋敷の中に戻ろうとする。

 だが、ユリウスが手の中の髪飾りを取り上げてしまった。


「いいよ。俺がつけてやる」

 若草色の瞳と目が合ってしまい、火花と静電気が小さな爆発を起こした。

 視界の隅では、ララがにこにこしているのが見える。


 この男除指輪ときめきリング、好意が丸見えで恥ずかしすぎやしないか。

 ララの生温かい視線に怯えている間に、ユリウスはディアナの髪に花の飾りをつけてしまったらしい。


「ありがとう。……どうなっているの?」

 鏡もないので、どんな風につけられたのかわからない。

「それなりに、見られるんじゃないか」


 別に褒めてほしかったわけではないが、顔を背けられるとさすがに切ない。

 目を逸らすほどの出来栄えということか。

 だったら、無理をしてお世辞など言わずに正直に言ってくれていいのに。

 でも、お世辞でも嬉しいのだから、ディアナも大概だと思う。

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