第14話 呪いの指輪が外れません

 ユリウスと別れて家路を歩いていると、何やらララが楽しそうに笑みを浮かべている。

「ユリウス様、姉様のエスコートができるから嬉しそうでしたね」

「あれは、からかいたいだけよ。さっきもそうだったもの」

 ララはシスコンゆえに、ポジティブ変換されているらしい。

 儚い現実を教えると、何故かきょとんとして首を傾げている。


「さっき、ですか?」

「そうよ。指輪をプレゼントしようかだなんて、冗談じゃないわ」

 嬉しいと思ってしまった自分も、それでときめいてしまった自分も情けない。

 男除指輪ときめきリングの呪いがなかったら、危うくうなずくところだったではないか。


「えええ! あのユリウス様が、指輪を?」

 勢い良く詰め寄ってきたララに少し怯みつつ、うなずく。

 すると、途端にララがにやにやと締まりのない顔になっていった。


「やっぱりそうなんですねえ。そうじゃないかとは思っていましたけれど!」

「何? ユリウスはそんなにあちこちで、女性にプレゼントして回っているの? それで恋人なり婚約者なりは大丈夫なの?」

 ディアナが心配になって尋ねると、一転して渋い表情に変わってしまった。


「ユリウス様はモテますけれど、婚約者も恋人もいないはずですよ。……かわいそうなユリウス様」

 何故か恨みがましい目で見られ、ディアナは困惑してしまう。

「何なの? かわいそうなのは、呪われた指輪をつけている私の方よ」


「……それもそうですね。あれからだいぶ経ちましたし、そろそろ解析結果を聞きましょうか」

 指輪に関してはディアナは被害者で、ロヴィーは加害者だ。

 だが笑顔のララを見たディアナは、少しばかりロヴィーに同情した。




「それで、結果はどうですか?」

 いつかのようにロヴィーの作業部屋を訪れると、今度は予見していたのか、すぐに紅茶が用意された。

 ディアナの手を取り暫し指輪を見つめると、ロヴィーは口元に手を当てて何やら考え始めた。


「これはまだ試作品だ。俺以外には外せない設定も、解除してあるのを確認できた。後は誰でも外せるはずだ。それでも取れないとなると……ディアナの魔力で暴走しているのか」

「暴走?」

「ディアナの魔力量はレーメルの中でもずば抜けているし、質も特殊だ。それが自動魔力供給と、上手いこと噛み合ってしまったのかもしれない」


 想定以上の魔力に、指輪の制御が効かなくなったということだろうか。

 普段は必要量を割り出して送り込んでいるから問題ないが、自動魔力供給というのは便利なようで厄介な性質らしい。


「それよりも、どうしたら外せるのか考えてください」

 ララに詰め寄られたロヴィーも困惑の表情を隠せない。

『レーメルの奇才』と呼ばれる彼ですら、すぐには解決できないということだろう。


「うーん。魔力が枯渇すれば力を失うから外れるとは思うんだけど」

「……兄様、それだと私は瀕死よ」

 魔力は精神力や体力と密接に関係しているので、減ればそれだけ疲労する。

 魔力が枯渇するということは、体力が限界と同じようなものだから、要はほぼ瀕死だ。


「兄様! 何とかしてください!」

 ララの声に、ロヴィーは首を振って応える。

「ごめん、今すぐに解決する方法が見つからない。とりあえず、ディアナにこれ以上危害を加えることはないと思うけれど。後は、もう少し調べてみるよ」


 ロヴィーが言うのなら、現状で対応策はないのだろう。

 ときめきさえしなければ何も起こらないのだから、とりあえずはこのままでいるしかない。

 下手な対応で悪化しても困る。

「わかったわ。お願いね、兄様」

 納得してうなずくディアナを見て、ララは不服そうだ。



「もう。せっかく姉様のエスコートをユリウス様が引き受けてくれたのに。そんな指輪があったら邪魔じゃないですか」

 ララのこぼしたその一言に、ロヴィーの肩がぴくりと震えた。


「ディアナのエスコート? ユリウスというのは、ユリウス・ロークか? ロークの三男の」

 まずい、と思った時にはすでにララが口を開いていた。

「そうです。兄様は私のエスコートですし、姉様の相手がいないのでお願いしました」


「ララ、おまえ何てことを! 今からでもすぐに撤回してきなさい」

 ロヴィーのシスコンスイッチが入ってしまった。

 ララもわかっているだろうに、何故余計なことを言うのだろう。

「嫌です。そこらの妙な男性と姉様を会わせるくらいなら、ユリウス様の方が安心です」

 ぷい、と顔を背けるララに困ったらしいロヴィーは、ディアナの手を握りしめた。


「夜会は断っていたし、今回も欠席しよう、ディアナ」

「できるなら、賛成よ」

 思わぬ利害の一致に兄妹がうなずき合っていると、末妹が大きなため息をついた。


「駄目ですよ、姉様。今回は王家の主催で、王城の魔道具への魔力補給の礼も兼ねていると言われているのでしょう? 既に王城に顔を出して、魔力補給も見られているのですから、ここから欠席は無理です」

 ララが言っていることは、正論だ。

 確かに、よほどの理由がなければ勝手に欠席するのは不敬に当たるだろう。


「よしわかった。俺が二人をエスコートしよう。両手に花だぞ!」

「……兄様のことは放って置いて。楽しみですね、姉様?」

 ロヴィーを華麗に無視するララに、ディアナは苦い笑みを返すことしかできなかった。

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