第16話 お揃いの意味は
ロヴィーが来ると面倒だからとユリウスと二人で馬車に乗ることになった時には、馬車内の火花祭りを覚悟したが、幸いにもそれは免れた。
ユリウスはディアナに手を貸して馬車に乗ると、無言で車窓を眺めていたからだ。
同業者の田舎者をエスコートしてくれるのはいいが、顔も見たくないほど嫌ならば断われば良かったのに。
どれだけ律儀なのだ。
切なさを超えて呆れたままユリウスの横顔を見ていると、時々ちらりとこちらに視線を向けてくる。
その度に目が合い、慌てて逸らされる。
よくわからないまま何度かそれを繰り返していると、心なしかユリウスの頬に赤みが増したような気がする。
一体何なのだろう。
普通に考えれば照れているようにも見えるが、ユリウスがディアナの視線で照れる理由がない。
嫌がっているとか怒っているのならわかるが、そういう雰囲気でもない。
結局理由は不明だが、下手にときめいて火花が飛び散るよりはいいだろう。
そう結論を出すと、ディアナもまた車窓に視線を移した。
王城に入った時点から視線を感じてはいたが、舞踏会の会場に入った途端その勢いが増す。
明らかにユリウスを見ているであろう視線が、肌に突き刺さって痛いほどだ。
確かに凛々しい正装姿は格好良いので、ユリウスを見てしまう気持ちはディアナにもよくわかる。
視線の痛みと緊張でどうにか
どうにか顔を上げると、煌びやかな光を放つシャンデリアが目に映る。
カットされたガラスが美しく配列され、光を複雑に反射していた。
「あれ? あのシャンデリア、蝋燭を使っているの?」
王城の中は多くの魔道具による照明器具が使われているのに、シャンデリアで光を放っているのは普通の蝋燭のようだった。
「人が多く出入りする場所ならともかく、舞踏会でもなければ使わない広間のシャンデリアだ。魔道具だって相応に高価だから、すべての光源を魔道具にはできないだろう」
ひとりごとを拾ったユリウスは、そう言うとシャンデリアの下にディアナを連れて移動する。
近付いてみれば、蝋燭の炎がゆらゆらと揺れ、同時に光も揺らめいて美しい。
「魔道具では、あの揺らめきは再現できないわ。……綺麗ね」
「コストの問題もあるが、舞踏会ごとにすべてのシャンデリアに魔力補給をするなんて効率が悪い。それに、こういう場では無機質な魔道具よりも昔ながらの物が好まれるから、これからも変わらないんじゃないかな」
なるほど。
確かに、すべてが効率よく機能的というのは便利なようで、味気ないのかもしれない。
「さすがに色々詳しいわね」
感心してユリウスを見上げると、何故かこちらに笑顔を向けていた。
その優しい瞳に、若干の火花と静電気が走る。
これは危ない。
ときめいたらいけないのだから、話を逸らさなくては。
何か話題はないかと周囲を見ると、相変わらず視線が痛い。
「ユリウス、モテるみたいね」
ディアナの視線の先にいる女性達を確認したらしいユリウスが、苦笑する。
「気になるか?」
「……別に」
気にならないわけではないが、気にする権利などない。
ディアナはいわば、不戦敗の初戦敗退。
本来なら、ああしてユリウスに視線を送ることさえ躊躇われる敗者なのだ。
「そうか」
気落ちしたような声に見てみれば、何となくユリウスの元気がない。
ユリウスの背後の人々を見ていると、ディアナはあることに気付いた。
「ねえ、ユリウス。必ずしもパートナーのドレスと同じ色や飾りを、男性が身に着けるわけではないのかしら」
目につく範囲の男性では、連れの女性と同じ色の飾りや服装の人はそれほど多くない。
「そりゃあ、ドレスなんて当日の気分で変わるかもしれないしな。飾りだって好まない男性もいる」
こともなげにそう説明され、ディアナは首を傾げた。
「でも、揃えるのが普通なのよね?」
「え? ……そ、そうだよ。それが普通だ」
慌てた様子からして、明らかに嘘をついているとわかる。
「騙したの? いくら私が田舎者だからって、酷いわ」
お揃いにしている人も多いから、完全に嘘というわけではないのかもしれない。
だが嘘を吹き込まれてからかわれたのだという悔しさと、それでもユリウスとお揃いなのが嬉しいという困った感情のせいで、モヤモヤしてしまう。
見るからに不機嫌になったディアナを見て、ユリウスは少し困ったように手を差し出してきた。
「――踊ろう」
若草色の瞳にとらえられ、体が固まってしまう。
不満があったはずなのに、こうして微笑まれてしまえば何だかどうでも良くなってくる。
これが、惚れた弱みというやつか。
失恋したと同時に好意も霧散してくれればいいのに、何とままならないことだ。
自身の感情を持て余しながらもおずおずと手を出せば、ユリウスは優しい笑みでその手を取った。
――これは危険だ。
慌てて顔を逸らすと、嘘を教えられた怒りを必死に思い出す。
勢いでダンスすることになってしまったが、これは火花と静電気のお祭りが開催されかねないのではないか。
安易な自分の行動に後悔するが、ユリウスに触れた手は「嬉しい」と正直な感想を伝えてくる。
もう、モヤモヤが止まらない。
いっそユリウスに告白して、スッキリと振られてしまえば落ち着くのではないか。
……いや、そもそも嫌われているのだった。
ディアナとしては、けじめがついてスッキリするだろうが、ユリウスからすれば嫌いな相手に告白されて断るという何の利点もない行動だ。
やはり、迷惑をかけるのは良くない。
せめて普通の令嬢らしくダンスの相手を務めようと、ディアナは気合を入れなおした。
「結構、踊れるじゃないか」
そう言ってダンスを続けるユリウスは、何だか楽しそうだ。
ディアナも一応は子爵令嬢なので、ダンスを嗜んではいる。
だが、ほとんどロヴィーや父親くらいとしか踊らないし、圧倒的に回数も少ない。
間違ってはいけないと一生懸命ステップに注意するディアナを見て、ユリウスは笑顔を浮かべている。
「あんまり見ないで。王都育ちから見たら下手くそだろうけれど、これでも必死なの」
「大丈夫、ちゃんと踊れている」
「それなら、いいけれど」
場慣れしていないし、ダンスも慣れていない上に、相手はユリウスだ。
いつ失敗するかと冷や冷やしているが、おかげで
「パートナーとお揃いの話も、別に馬鹿にするつもりじゃなかった。……ただ、ディアナと同じ物をつけたかったんだ」
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