第11話 ローク三兄弟

 魔道具の作業ならば、ドレスを着る必要もない。

 ディアナを着飾りたくてうずうずしているララには悪いが、動きにくくては本末転倒だ。

 結局、シャツにスカートの上に白いローブを羽織り作業用眼鏡をかけるという、いつもの格好で王城に向かった。


「それで兄様。作業員は私と兄様だけですか?」

「いや。今回の魔道具の責任者が一緒に来る」

「ロークの人、ですか?」

「そう聞いている」


 一瞬ディアナの脳裏にユリウスの顔がよぎったが、すぐに頭を振って打ち消す。

 点検作業にわざわざ来るとは限らないから、大丈夫だ。

 来ないでほしい、会いたくない。

 そう思うのに、少しでも姿が見られたら嬉しいとも思う。


 ……重傷だ。

 随分王都で過ごしたし、そろそろ領地に戻った方がいいのかもしれない。

 となると兄妹の説得が必須だが、それはそれで面倒だし、指輪をどうにかしてから帰りたい。


「兄様、頑張ってね」

「ディアナが応援してくれるなら、今日の作業もあっという間に……」

「あ、違うわ。指輪の解析の方」

「……そうだよな」

 肩を落とすロヴィーと共に、ディアナは王城の回廊を進んだ。




「これはこれは、パスカル・ローク。わざわざお出迎えありがとう」

「いやいや、ロヴィー・レーメル。こちらこそ呼び出してすまないね」


 言葉だけは丁寧だが、どう見ても互いの間には見えない火花が散っている。

 ロヴィーと笑顔で睨みあっているのがパスカル・ローク。

 ということは、あれがローク三兄弟の長男か。


 ローク伯爵の三人の息子は全員が魔道具製作に関与していて、その腕前を評価されている。

 ディアナが『レーメルの魔女』と呼ばれるように、彼らはローク三兄弟と呼ばれていた。


 長男のパスカル・ロークはロヴィーと同い年で、何かとライバル視しているという話だったが、どうやら噂は本当らしい。

 そして、ロヴィーもまた同様の想いを抱いているのが見ただけでわかる。

 これは、次世代のレーメルとロークも、今まで通りのライバル路線になりそうだ。

 呆れながら兄を見ていると、背後から声をかけられた。


「ロヴィーの妹だろう? 兄がすまないね。あれでもレーメルの技術には一目置いているんだよ」

 灰色の髪に灰色の瞳の青年はそう言ってディアナに微笑みかける。

 色合いこそ違うが顔立ちがユリウスに似ているから、恐らく彼が次男のシーム・ロークなのだろう。


「はい、シーム様。兄も、ロークの製品をよく研究しています。同じですね」

「あれ、俺の名前を知っているの?」

「狭い業界ですから。それに、ローク三兄弟は有名ですし」

「それを言ったら、『レーメルの魔女』には及ばないよ」

 シームはレーメルに敵対心を持っていないらしく、話しやすいので安心する。

 やはり、作業中ずっと睨まれていては、やりづらくて仕方がないのでありがたいことだ。



「ディアナ嬢は最近王都に出て来たんだろう? それまでは領地暮らしだったとか」

「はい。朝から晩まで魔道具ばかりで。おかげで妹に女子力が足りないと叱られています。地味なのはわかりますが、やはり作業用の格好が落ち着くもので」

 ローブをつまんで見せると、シームは苦笑する。


「大丈夫。装いでは隠し切れない魅力があるよ。――なあ、ユリウス?」

 シームのまさかの言葉に視線を動かすと、ちょうどユリウスがこちらに向かって歩いてくるところだった。

 まさかローク三兄弟が勢揃いするとは思わず驚いていると、何やらユリウスの眉間に皺が寄っているのに気付いた。


「久しぶりだな、ディアナ。随分とシーム兄さんと仲良さそうじゃないか」

「ひ、久しぶり……」

 よくわからないが、ユリウスの御機嫌がよろしくない気がする。

 これはやはり、散々火花と静電気を飛ばしたから怒っているのだろうか。

 罪悪感から恐縮していると、シームがユリウスの肩を叩く。


「怖い顔だな。そんな顔じゃ、ディアナ嬢に逃げられても仕方ないぞ」

「兄さん」

「はいはい。さて、面倒くさい長男達をなだめに行こうかな」

 ユリウスが睨みつけると、シームは笑顔で立ち去ってしまった。

 さすがに無視するわけにもいかないのでディアナは意を決して口を開く。


「あの、ユリウス。散々火花と静電気を飛ばしてごめんなさい」

「……それが、理由か?」

「え?」


「最近、全然散歩していないだろう?」

「あ、うん。でも、何で知っているの?」

 散歩で偶然会うことが多かったが時間もまちまちだったし、別の時間や別の場所に行っている可能性だってあるのに。


「それは! ……あ、青白い顔をしているから、散歩していないのかと思っただけだ」

「……そう」

 可愛くない上に青白い顔とは、どれだけユリウスに嫌われているのだ。


 久しぶりに会えて嬉しかった気持ちが、急速にしぼんでいくのが自分でもわかる。

 やっぱり、もう王都から離れた方がいい。

 こんな風に望みもないのに一喜一憂するのは、精神衛生上良くない。

 いつの間にか俯いていたディアナは顔を上げると、ユリウスの顔を見ないようにそのままロヴィーの元に移動した。



「兄さんもロヴィーも、そこまでにしてくれる? 魔道具は大量にあるから、早く始めないと作業が終わらないよ」

 シームに言われて渋々といったていで離れた二人は、すぐに何やら資料を見始めた。


「この部屋のニ十個の魔道具を交換するんだが、設置作業は既にこちらで終わらせている。後は魔力補給だが。……他の作業員はいつ来るんだ」

「俺とディアナがいるだろう」

「ふざけているのか?」

 苛立つパスカルを見て、ロヴィーは何だか楽しそうだ。


「これくらいなら、ディアナ一人で十分だ」

「この魔道具は小型だが、魔力の容量は同型の物よりもずっと多い。一人では疲弊するし、時間がもったいない」

 再び揉め始めた長男達を見てため息をつくと、ディアナはシームに歩み寄った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る