第10話 魔鉱石が腐ります

「は?」

 ディアナとロヴィーの声が重なる。

 ララは立ち上がると、ロヴィーの作業机の横に置いてある魔鉱石を手に取った。

「久しぶりに触りました。これは小ぶりですが、いい艶ですね」

 そう言うなりララが魔力を込め始めると、ロヴィーの顔色が変わった。


「――ま、待て、ララ!」

 ララが手にした魔鉱石は半透明だったが、どんどんと黒く濁っていく。

 すっかり黒くなった魔鉱石をロヴィーに放り投げると、次の魔鉱石を手に取る。


「あら、これは結構な大きさですね。腕が鳴ります」

「そ、それは駄目だ。先日ようやく入荷した――」

 今度は赤かった魔鉱石が、黒っぽい茶色に変化した。

 ララはレーメル伯爵家直系でありながら、魔力量を示す髪は栗色で、ごく普通だ。

 だが、その魔力の質はかなり特殊だった。



「――やめてくれ、ララ。魔鉱石が腐る!」


 ロヴィーが叫んで縋りついているが、ララは気にせず次の魔鉱石を手にしている。

 そう、ララの魔力は魔鉱石を腐らせる……使用不可能な状態に追い込むのだ。


 手先は器用な方なのに一向に上達しないララを心配して調べた結果、魔力の質が魔鉱石加工に絶望的に適さないということが判明した。

 何を作っても不味い料理を出す人間がいるように、ララはどんな魔鉱石でもろくに機能しない状態にできるのだ。


「――あ、もしかすると、この指輪の魔鉱石が腐れば外れるんじゃない?」

 ふと思いついて提案すると、ララが大きな魔鉱石を放り投げた。

「それは名案ですね。どれどれ」

 慌てて魔鉱石を拾うロヴィーに構わず、ララはディアナの指輪に魔力を注ぎ込む。

 だが、黄色い魔鉱石はまったく変化せず、指輪も外れなかった。


「……駄目みたいね」

 ディアナとララは顔を見合わせると、同時にため息をついた。

「仕方ありません。あとはポンコツの解析を待ちましょう。……ということで、お仕置き再開です」

 にこりと微笑むララを見て、ロヴィーが蛙が潰れたような悲鳴を上げた。


「そ、それはやめてくれ。魔鉱石は無罪だ!」

「姉様も無罪です」

「ごめん、悪かった。俺が全部悪かった。だからその大きな魔鉱石だけは!」


 嬉々として魔鉱石を腐らせる妹と、その足に縋りつく兄を見て、ディアナはもう一度大きなため息をついた。




 ロヴィーの解析を待つ間も、散歩をしているとどこからともなく現れるユリウスは、宣言通りディアナに話しかけてきた。


 偶然であろうとも、本当は嫌われていようとも、ディアナとしては好きな人に会えて話をできるのは嬉しい。

 だが、嬉しいということは好意があるということで、好意があればどうしてもときめいてしまい。

 結果、ディアナはユリウスに会うたびに火花と静電気を浴びせていた。


 しかも、段々火花と静電気が強くなっている気がする。

 ユリウスの手が少し赤かったのは、見間違いではないだろう。

 二度目の初恋も敗れたとはいえ、初恋の相手で格好良い男子をビリビリにする趣味はない。



「そうだ。ときめかなければいいのだから、要は近付かなければいいのよ」

 名案が閃いたディアナは、夜会や茶会にも一切出ずに過ごすようになった。

 偶然の遭遇率が高い屋敷の外の散歩もやめて、庭を歩く程度にする。

 だが、まったく会えない日が続くと、少し寂しいと思ってしまう自分がいた。


「……まだ引きずっているのね、情けない」


 ディアナは大きなため息をつく。

 既に幼少期に振られているし、二度目の初恋も火花と共に終了した。

 ユリウスは女性に囲まれているとロヴィーも言っていたし、ディアナのことなどどうでもいいのだから、無駄な想いだ。


「……でもまあ、大嫌いならわざわざ話しかけてこないだろうし。きっと魔道具仲間の田舎者として接しているのね」

 トビアスから助けてくれたのも、仲間意識から放って置けなかったというところか。


 昔からユリウスは優しかったし、今も本質は変わっていないのだろう。

 嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちだ。

 結局、昔からずっと、ディアナだけがユリウスに好感を持っているのだ。


「絶賛片思い中、か」

 幼少期から成長していない自分に呆れ、ディアナは再びため息をついた。




「ディアナ。王城の魔道具の点検を手伝ってくれるかい?」

 ある日、ロヴィーがやって来たと思ったら、そう言ってディアナの作業机の隣に座った。


「……それよりも、指輪はどうなったの?」

「それが……後半の設計図とメモが斬新な言語で書かれていて、解読に手間取っている」

 斬新な言語とは何だと思ったが、恐らく例の徹夜三日目のポンコツのせいなのだろう。

 本人にも解読できないものを書くとは。

 ポンコツ、恐るべしである。


「頑張って早く解読してちょうだい」

「ごめん、頑張るよ。徹夜しないで、頑張る。ララに見張られているから、大丈夫」

 ララも何をやっているのかと思ったが、ここでロヴィーが真剣に作業をしてまた徹夜しては元のポンコツだ。

 確かに、監視は必要なのかもしれない。


「まあ、いいわ。それで、定期点検って?」

「今回は照明用の魔道具なんだけど、魔力補給を担当してほしい」

レーメルうちの製品?」

「いや、ローク製。ああいうのは、ロークの方が得意だからね」


 シンプルかつ機能的な魔道具を量産するのは、ロークの十八番おはこだ。

 対して技術開発や魔力補給はレーメルの得意分野。

 今回はちょうど交換時期と被ってしまい、大量の新品に魔力補給が必要なのでレーメルに依頼がきたらしい。


 仲が悪いようで、こういう互いの長所は認めている。

 だったら、仲良くすればいいのにと思うのだが、世の中はままならないものだ。

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