第9話 お仕置きの時間です

「やあ、ディアナとララが俺の部屋に来てくれるなんて、いつぶりかな。さ、座って座って」


 ロヴィーの作業部屋を訊ねると、この上ない笑みを浮かべて迎え入れてくれた。

 同じく笑みを浮かべたララがそれに従ってソファーに腰かけたので、ディアナもそれに倣う。

「紅茶を……って、そうかこの部屋にはないな。ちょっと待っていて」

 うきうきソワソワという言葉が見えそうなほど、ロヴィーは楽しそうだ。


「――姉様の指輪のことですが」


 笑顔のララの一言に、ロヴィーの動きが止まった。

「え……」

「姉様の指にはめた、この指輪。……どういうつもりですか」

 ララの笑顔に、ロヴィーの笑みは少しばかり強張り始める。


「え、ええと。夜会でディアナに色目を使う虫がいたから、ちょっと静電気で痛めつけて、近付かないようにしようと」

「でしたら、発動条件がおかしいです。『ときめくと静電気を放つ』のでしょう? 姉様が不埒な男にときめくような人間だと思いますか?」


「ディアナはそんな子じゃない! それに『ときめくと』って何だ。登録した俺以外の男が一定距離に来ると静電気を飛ばす、優れものだぞ!」

 心外だと言わんばかりのロヴィーに、ディアナは眉を顰めた。


「一定距離って何? 兄様は確かに、鼓動が速まったら……ときめいたら静電気を放つって言ったわよね?」

「んー? ディアナまで何を言っているんだ。それじゃあ、ディアナが俺に近付けないじゃないか」


「何で兄様にときめく前提なの」

「ときめくというか、ほら、大好きな兄のそばで嬉しいと逸る心が」

「――ないわ」

 ディアナとロヴィーの問答を見ていたララが、すっと笑顔を消した。



「やっぱり。……兄様、徹夜しましたね?」

 その言葉に、ロヴィーの頬が目に見えて引きつった。


「そ、そんなことは」

「では、姉様の指輪の効果を言ってみてください」

「だから、登録してある俺以外の男が一定距離に近付くと、自動的に静電気を放って追い払うんだ。魔力の補給なしで自動発動する、男除指輪ビリビリリングだ」


「それを踏まえて、姉様の指輪を見てください」

 ララに言われるがままにディアナの所に来たロヴィーは、指輪をじっと見る。


 一瞬眉を顰め、次いで魔力を少し流し込んでいるのがわかった。

 恐らく、状態を確認しているのだろう。

 それと同時に、ロヴィーの顔色がみるみる悪くなり始めた。


「あれ。おかしいな」

「徹夜、しましたね?」

「いや、こんなつもりじゃ」


「――しましたね?」

「……はい」

 ララは盛大なため息をつきながら、額を押さえた。

 対してロヴィーはがっくりと肩を落としている。


「何? どうしたの?」

 兄妹の様子に驚いていると、ララがディアナに向き直った。



「姉様は領地で暮らしていたから知らないと思いますが、兄様は十分な睡眠がないと駄目なんです」

「……睡眠がないと駄目なのは、普通じゃない?」

 ディアナだって、眠らなければ生きていけない。

 だが、ララは激しく首を振った。


「そういうレベルではありません。いいですか、『レーメルの奇才』と呼ばれるロヴィー・レーメルは、徹夜二日目で凡人に、三日目でポンコツになります!」

 きっぱりと断言するララに、思わずぽかんと口を開けてしまう。


「……ポンコツ」

「ポンコツです!」


「具体的には?」

 意味がよくわからずに聞いてみると、ララは深いため息をついた。


「兄様の言い分からすると、本来は『魔力補給なしで自動発動する、一定距離での静電気発生装置』なのでしょう。ですが、現在姉様の指には『魔力補給なしで、ときめくと自動発動する静電気発生装置』がはめられています。……ポンコツが、おかしな設定にしたのでしょう」


「ま、まさかそんな」

 ロヴィーは『レーメルの奇才』とまで呼ばれる腕の持ち主だ。

 そんなわけのわからない誤設定が起こるとは思えない。



「恐らく、姉様を不埒な男から守りたい一心で結果的に徹夜したのでしょうが……最悪です。これでは肝心の不埒な男は姉様に接触し放題な上に、姉様が好意を持つ人には攻撃することになります。――兄様は、姉様が失恋して、ろくでもない男に引っかかってもいいのですか!」

 ララに指を突き付けられたロヴィーは、放心状態でその場に座り込んだ。


「さあ、さっさと姉様の指輪を外してください。その上で、お仕置きです」

「……ご、ごめんよ、ディアナ。俺は何てことを……早くディアナを守ろうと思って、気が付いたら徹夜していたみたいだ」


 すっかりしょげているロヴィーは、あわや泣きそうになりながら指輪に触れると、魔力を流し込む。

 そのまま指輪を引っ張って……ロヴィーの手が止まった。


「何をしているのですか。さっさと外してください」

「いや、やっているんだけど。おかしいな」

「設定の解除はしたの?」

 うなずくロヴィーを見て、今度はディアナが指輪を引っ張ってみるが、びくともしない。


「……どういうことですか、兄様」

 再び怒りの声を宿すララに怯えながら、ロヴィーが試行錯誤するが、やはり指輪は外れない。


「設定は解除した……はずだ。でも、外れない。どういうことだろう」

「……兄様」

 冷えた響きのララの声に、ロヴィーの肩がびくりと震えた。



「兄様は試作品を作る際に必ず設計図を描きます。最終的にポンコツになったとはいえ、当初は普通だったはず。仕組みと原因を調べて、早急に指輪を外してください」

「わ、わかった」

 何度もうなずくロヴィーを見て、ララも怒気を収めてうなずいた。


「――では、ここからはお仕置きの時間です」

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