第12話 シスコンのスイッチが入りました

「シーム様。実物を見せていただけますか?」

「いいよ。――ユリウス、予備を持って来て」

 予備の魔道具を持って来たユリウスは、無言でディアナにそれを手渡す。


 そんなに嫌そうにしなくてもと思ったが、今は仕事なのだから集中しなければいけない。

 大人の拳三つほど大きさの円筒形のそれをじっと見ると、ほんの少し魔力を流し込んでみる。

 稼働している魔道具ではないので、ディアナの魔力の流れが手に取るようにわかった。


「大体わかりました。設置した位置のわかる図面はありますか?」

 予備の魔道具をユリウスに返すと、シームから図面を受け取る。

 部屋の中心からほぼ同心円状に綺麗に整列している。

 これならばわかりやすいし、ほとんど視界に入っているので問題ないだろう。


「この数を、一人でこなすつもりか?」

 ユリウスが驚いた顔で見つめてくるが、格好良いからこちらを見ないでほしい。

「そのために呼ばれたもの。――兄様、始めてもいい?」

 ロヴィーがうなずくのを見て、ディアナは作業用眼鏡を外してポケットにしまう。

 魔力の流れを把握するには、分厚い眼鏡は邪魔になるからだ。



 十年繰り返して来たことだから、理屈ではなく体が覚えている。

 左手を握りしめて胸に当て、目を閉じて細く息を吐き、集中する。


 魔力は、漂う煙と似ている。

 モヤモヤとして形の定まらないそれを、ぐるぐると巻いていくつかの塊にするイメージを浮かべる。

 その数、二十。


 ゆっくりと目を開けると、ディアナの周囲には拳大の光の玉のようなものがふわふわと浮かんでいる。

 視界の端で薄紫色の髪が揺れているのが見えた。

 あとは、それぞれの魔道具へと飛ばすだけ。


 図面を脳裏に浮かべながら、左の人差し指を正面に突き出すと、それを合図に一斉に光の玉が飛んでいく。

 光の尾を引いて移動する様は、まるで箒星のようで美しい。

 遠隔での一斉魔力補給はそれなりに疲れるが、ディアナはこの光が織りなす光景が気に入っていた。


 光が魔道具に吸い込まれたのを見て左手を下げると、ローク三兄弟が同じようにぽかんと口を開けており、ロヴィーは何やら楽しそうに微笑んでいる。



「触れずに、遠隔で……しかも、あの量を正確にコントロールしたのか」

 パスカルが呟くと、待ってましたとばかりにロヴィーがディアナの肩を抱いた。


「ディアナはレーメルの中でも、ずば抜けて魔力量が多い。しかも特殊な性質で、燃費もいいし、見ての通りのコントロールだ。どうだ、『レーメルの魔女』の名は伊達ではないだろう。可愛いだろう。誰にもやらないけどな!」


 前半はともかく、後半は妙なことになっている。

 これは、ロヴィーのシスコンスイッチが入ってしまった状態だ。

 もはや何を言っても妹万歳なので、撤退するしかない。

 そうしなければ、あることないこと言いまくるロヴィーのせいで恥ずかしいし、胃が痛くなること必至だ。


「作業はこれだけですよね。それでは、失礼します!」

 ユリウスと話したい気持ちはあるが迷惑だろうし、話していたら間違いなく火花と静電気が飛ぶことになるし、何よりロヴィーを連れ出さなければいけない。


 何かを言いかけたユリウスから視線を逸らし、何かを言いだしそうなロヴィーの腕を引っ張ると、ディアナは足早に部屋から出て行った。




「何だか、急に夜会の招待状が増えた気がする」


 いくつかの封筒を前にして、ディアナは首を傾げた。

 社交界デビューしている子爵家の令嬢なのだから、普通と言えば普通なのかもしれない。

 だが、それまで申し訳程度にロヴィーやララのついでに招待されていたものが、明らかにディアナ個人を招待し始めている。


 王都に滞在しているのが周知されたということだろうか。

 断るのも手間だし、そろそろ領地に帰ろうという天のお告げのような気がしてきた。

 封筒をテーブルの隅に除けるディアナを笑顔で見ていたロヴィーは、何故か満足そうにうなずいている。


「ディアナの遠隔魔力補給は綺麗だからね。惚れるのも無理はないよ」

 その言葉に、ディアナの隣で紅茶を飲んでいたララが反応した。

「遠隔魔力補給したのですか? ずるいです兄様、私も見たかったです!」


「覗いている連中も多かったし、噂が広がったんだろうね。今回も綺麗だったよ。魔力が可視化してまとまっていく様は、まるで光の妖精が現れたようだ」

「そうです。姉様の薄紫色の髪が光を浴びて星を紡いだように輝くんです。……ああもう、私も見たかったのに。兄様の馬鹿!」

 うっとりと楽しそうに語り合う二人だが、内容が事実に即していない。


「……いくら何でも誇張しすぎよ。魔力の玉が光っているだけじゃない。移動するときの光の尾は、綺麗だと思うけれど」

 だが、ディアナの意見は聞こえていないらしく、ロヴィーとララの会話は謎の盛り上がりを続けている。

 ロヴィーは立派なシスコンだが、ララもその傾向がある気がする。



「大体、あれを見せたら姉様に目をつける男性が増えるじゃありませんか。兄様は姉様から男性を遠ざけたいのか、モテさせたいのか、よくわかりません。それから、指輪の解析はどうなったんですか」

「ディアナの魅力を知らしめつつ、男は遠ざけたいんだ! 指輪の方は、俺の字の解析に難航中だ!」

 迷いなく叫ぶロヴィーに呆れた姉妹は、顔を見合わせた。


「ララは普通にデビューして顔が知られていて、可愛いから結構人気だし。ここらでディアナの魅力も見せつけたいのが、兄心だ。――でも二人共、嫁にはやらない」

 自信たっぷりに叫んでいるが、言っていることは滅茶苦茶だ。


「……もう、領地に帰ろうかな」

「――駄目だ!」

「――駄目です!」

 息の合った二人の返答に、ディアナは困り果ててため息をついた。

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