【七】上陸作戦(其の二)

 港の桟橋に宇宙往還機の固定が終わると、周囲は再び静寂に包まれた。与圧はされていると表示されているが、先に機外へ出た兵士たちは全員ヘルメットを着用していた。隣の桟橋には、少し塗装剥げの目立つ宇宙往還機が停泊している。新オキナワ市から打ち上がってきたという未登録の宇宙往還機だ。


 機外へのハッチを先にアトリアが潜り、続いてルクス、そして最後の情報端末を持ったニハルが出る。三人が最後だ。無重力で身体がふわりと浮き上がる。宇宙服には小型の推進器がついていて、自動的に装着者の体勢を整える様に空気を噴出する。桟橋の床にルクスの足が吸着すると同時に、銃声が響いた。咄嗟にアトリアがルクスとニハルの上に覆い被さり、床に伏せる。


 銃声はアンチの工作員たちが発砲したものだった。宇宙軍の兵士たちの装備は全員レーザー銃で銃声はしない。無重力下では跳弾の危険が増すからだ。


『もう大丈夫です。制圧しました』


 無線で隊長の声がヘルメットの中に響く。ルクスはアトリアに立たせてもらい、桟橋の根本の方へと流れていく。目の前を赤い球が流れていく。血だ。桟橋を降りた所は広い空間になっている。周囲を警戒する兵士たちと、その真ん中には五名ほどの人間が捕らえられていた。全員拘束具で捕縛されている。大小様々な赤い血球が浮かんでいるが、兵士たちに怪我をしている者は見受けられない。


 隊長が近づいてくる。ヘルメットを外していたので、ルクスたちも外した。潤沢に空気が供給されるとはいえ、やはりヘルメットは息苦しい。ルクスはふうと息を吐く。


「やはり連中はアンチですね。何名かは指名手配中の工作員です」

「これで全員なのか?」

「いえ。まだ三名ほどいる模様です」


 そういって隊長は、広場の奥にあるゲートに視線を送った。ゲートの向こう側には通路が続いていて、方向から見てラグランジュ5の中心へと伸びている。ルクスは隊長と目配せをし、そしてゲートの方へと向かった。アトリアとニハルが続き、それを隊長以下五名の兵士が追い抜いて先行する。


 通路はかなり広い。二十メートル四方はあろうか。床面には平行に溝が引かれている。物資搬入用のガイドレールだろう。通路は真っ直ぐに続いている。ニハルが周囲を見回している。


「どうした?」

「管制室みたいのがないかと思って。端末があればそこからアクセス出来るから」

「ああ」


 ルクスは頷いて、周囲を見回し始める。しかし通路は一本道で、しかも扉の類は一切見つからない。そういえばニハルの持っている電子端末は、壁の中にある回線へ直接アクセスできるんだったよな。だが、それもどこに回線が埋まっているか分かればの話だ。ラグランジュ5の設計図でもあれば……それかルクスが記憶を取り戻すかだ。


 先行していた宇宙軍の兵士たちが停止した。ルクスたちもその背後で静止する。兵士たちの更に先、白いシャッターが通路を塞いでいる。その前に、三人の人影があった。


「不法侵入者に告ぐ。我々は宇宙軍第七艦隊所属、第三〇四宇宙騎兵小隊である。武装解除し、両手両脚をこちらに見せて静止せよ!」


 隊長の声が宇宙服の拡声器を通じて投降を呼びかける。レーザー銃の銃口は真っ直ぐ三人を狙っている。投降するかと思いきや、一人が手を動かした。悲鳴が上がる。レーザーの赤い線が走り、容赦無く手首を貫いた。自動小銃が流れていく。


 他の二人は宇宙服の推進器を噴出させ、ランダムな軌道でこちらへと向かってきた。上、下、右、左。五つのレーザー線が通路を走り、一人が貫かれて脱落する。


「この政府の犬がよッ!」


 最後一人は隊長に飛びかかる。と思わせて、更に加速した。後ろにはルクスがいる。ルクスには飛びかかってくる人物に見覚えがあった。銀色の髪と、透明な歯。アビーだった。


 アビーの右手から機械鞭が放たれる。ルクスは思わず、手慣れた風に身体を回転させて躱した。わずかに鞭の先端が頬を掠める。咄嗟の動き。どうやら昔の自分は無重力下での動きも心得ているらしい。擦れ違っていくアビー。


「ちっ」


 アビーは左手を振って直進する軌道を変えようとするが、その前にアトリアが回し蹴りを加えた。蹴りはアビーの足首に命中し、彼女の身体を激しく回転させる。宇宙服の推進器が自動的に体勢を整えようとするが、数秒かかった。


 アトリアは壁を蹴り上げ、アビーが丁度静止したところを背後から膝を命中させた。そのままの体勢で反対側の壁に到達し、アビーを押さえ込む。両手で頭と右腕を押さえつける、膝の磁性体がアビーの身体越しに壁に吸い付く。


「クソがッ」

「はいー、無駄な抵抗は止めてねー」


 透明な犬歯を剝き出しにするアビーに、アトリアはニッコリと微笑んだ。





 白いシャッターはかなりの重量物と思われた。兵士の一人がノックするが、何も響いてこない。ニハルはシャッターや付近の壁面を丹念に見て回る。制御盤の類がないか確認しているのだ。


 制圧されたアンチの三名の内、二名は桟橋の方へと連行された。ここに残っているのはアビーだけだ。手足を拘束具で縛られ、宙を浮いている。上下逆さまに、ルクスがアビーの顔を覗き込む。


「お前、なんでこんな所にいるんだ?」

「それを言う必要があるのか?」

「悪いが、お前たちの式典を狙ったテロはもう無理だぞ。計画書は既に入手済みだ」


 アビーの顔色が少し紅潮する。ぎりりと歯軋りの音がする。


「なんだと……くそッ、あの野郎ッ!」

「その様子だとシェアトと協力していたが、土壇場で裏切られたってところか?」

「……」

「別に言わなくても構わないが、お互いこのまま立ち往生している場合じゃないと思うけどな」

「……ちっ」


 アビーは舌打ちをして、大きく息を吐く。


「そうだよ、シェアトはアンチを裏切った。だから制裁しに来たんだよ」

「制裁って、まさか殺しに来たのか?」

「それ以外の意味があるか?」


 当然の様に答えるアビーに、ルクスは顔をしかめる。


「シェアトはオラクルを用意し、我々はラグランジュ5の設計図を提供する。そういう取り決めだったのに、ヤツは情報だけ受け取ってトンズラしやがった」

「ラグランジュ5の設計図って……お前ら、そんなもん持ってるのか?!」

「ははっ、あたしたちアンチを舐めるなよ」


 勝ち誇った様にアビーが高笑いする。なるほどね、シェアトは時間を掛けて入念にラグランジュ5の占拠を計画していたんだな。


「アビー」

「気安く名前を呼ぶな」

「今、ラグランジュ5の設計図持ってるだろ? よこせよ」

「なんでお前にやる必要があるんだよ。大体、てめえ通信管理局の犬だろが」

「記憶喪失なんだよ、生憎」

「は? 記憶喪失? なんだよそれ、笑えるな」


 アビーの笑い声が通路に木霊する。腹を抱えてぐるぐると身体が回転する。思わず溢れた涙が滴となって周囲に舞う。


「はー。記憶無いのに相変わらず女誑しか。根っからの悪人だな、お前は」


「うるせい。ラグランジュ5の情報があれば、ニハルが解析して中枢まで行ける様にしてくれる」

「多分ね」


 ニハルがルクスたちの方を向いて答える。どうやら制御盤の類は見つからなかった様だ。だがラグランジュ5の設計図が入手出来れば、どこの壁面に回線が埋まっているかが分かる。はずだ。そうすれば電子ネットワーク網にアクセスして、中枢部への道が開ける。


 アビーは少し怪訝そうな表情で、ルクスの目を覗き込んだ。


「……見返りは?」

「ここにいる間は拘束を解いてやる。シェアトを殴りたければお好きに。でも殺しは却下だ」

「捕まえた仲間の解放を要求する」

「仲間は解放しよう。でもお前は却下だ。主犯だからな」

「ルクバート情報員!」


 隊長が咎める声を上げる。捕らえたテロリストを解放するなんてことを、現場の人間の一存で決められる訳もない。ルクスは隊長を押し止め、そっと耳打ちをする。


「安心しろ、通信管理局の権限で何とかする。宇宙軍に迷惑は掛けないよ」

「しかし!」

「これ以上時間を与えたら、シェアトが何をするか分からない」


 ルクスがそう告げると、隊長は押し黙った。確かにここで立ち往生している時間は無い。隊長はそれでも逡巡していたが、アビーがその条件を吞むと言うと、黙って拘束具の電子キーを解除した。


 アビーは凝りをほぐすように手足を伸ばし、そして推進器に頼らず宙空に静止した。口を大きく開き、左手を中に入れる。


「ほらよ」


 アビーは外した奥歯をニハルに向けて投げた。奥歯は直線の軌道を描いてニハルの手中に収まる。透明な歯の中に、何か黒い物体が見える。超小型のメモリーチップだった。ニハルはチップを取り出し、端末にセットする。すると膨大な数の図面が表示され始める。確かに「ラグランジュ5」の設計図だった。


「随分と古典的な隠し場所だな」

「今時オンライン上にデータを隠す馬鹿はいないよ」

「他にも色々出てきそうだな?」

「触ったらコロス」


 ニハルはゆっくりと白いシャッター前から移動した。端末上の図面と周りを見比べながら、ゆっくりと港の方へと流れていく。五十メートルぐらい戻ったところで止まり、端末から聴診器の様な機械を伸ばして壁面へ取り付けた。カタカタとキーボードを叩く音が木霊する。


『マザーの自閉モードが一部解除されました』


 突然、人工的な女性の声でアナウンスが流れる。ルクスには聞き覚えがある。マザーの声だ。続いて「がこん」と音を立てて白いシャッターが開放され始める。


『不正プログラムの自動削除が開始されました。小脳セクションは再起動完了。メンテナンスモードに移行した為、全隔壁は開放されます。ご注意ください』


 ルクスはニハルの傍に流れていき、ぽんと肩を叩く。


「やったな」

「ええ。でもまだ大脳セクションが残っているわ」

「ここからはアクセス出来ないのか?」

「一時間前に回線が物理的に切断されてるわ。直接乗り込まないとダメね」


 電子端末の画面上でラグランジュ5の図面が表示されている。黒い下地に緑色の線で、まるでワイヤーフレームのように描かれた球状の人工天体。その中心部が赤く光っている。そこがラグランジュ5の中枢、大脳セクションだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る