第1章

 ウェーブがかかった暗めの茶髪をシュシュでまとめた。大川リースの番号をもとに、まずはIT資産管理台帳の調査から始めた。自社で管理しているパソコンなどの情報機器から、USBメモリ等といった備品も全て記録されている。検索したところ、九月二十日に五台納品されているうちの一台であることが判明した。利用者は社員。自社の番号をメモしつつ、受入担当者が先輩の町田であることも確認した。

 今度は自社の番号を手掛かりにアカウント管理台帳を開いた。全てのユーザーアカウントの使用状況と自社の資産管理番号を紐付けしているものだ。検索すると記録者は町田だが、グーグルのアカウントは払い出されていなかった。その代わり、貸出PCというユーザのログインADActive Directoryアカウント名、最低限のソフトと共にアドビのライセンスが払い出されていた。どうやらデザイン目的で、自社で使うものではなさそうだ。

 これ以上のことは流石に町田へ聞かないとわからない。フロア内で対応している町田を見つけ、終わり次第デスクに来てもらうように依頼した。


「おう、阿部。今度はどうした?」

 一時間後、大袈裟に肩を回しながら町田は歩み寄り、屈強くっきょうな身体を阿部のPCモニタを覗きこんだ。

 阿部は目の前にあるモニタに表示されているIT資産管理台帳の該当する行を指差した。

「この九月二十日に先輩が大川リースから受け入れたパソコンなんですが、何か心当たりはありませんか? どうやら貸出パソコンみたいなんです」

「確かにキャラクターライセンス部からの依頼で二台取り寄せたな。さんさんくん、のグッズ化の企画案件で使わせて欲しい、って」

 顎に手を添えて、町田は頭の中で何か考えながら言葉を続ける。

 「はじめはドロップボックスの利用許可のはずだったんだけど」

 実は、と言いかけたところで、ちょっと調べたいことがあって、と濁した。そして申請書類と一連のチャットのやり取り履歴を送るようにお願いした。

 さんさんくん。確か、大阪にある話題の学生ベンチャー企業のマスコットキャラで、クリーンエネルギーがどうのという会社だったっけ。

 急いでグーグルの画面を開きキャラクター名で検索すると、グリーンエネルギー研究所に辿り着いた。社長らしき人物の横に、緑色の太陽が特徴的なキャラクターも表示されている。それがさんさんくんで、どうやらグッズ化企画を依頼したという形らしい。インフルエンサーや芸能人とのコラボ企画も目にするし、いつグッズ化されてもおかしくない。そのまま企業について調べることにした。


 日が傾いてきた頃、町田からチャット経由で資料が届いた。その前に、最近のドロップボックスの利用許可に関する事情も情報システムグループのチャット経由で訊ねてみた。町田から届いた資料も読みながら、今回の案件に関して手元のノートにまとめ上げた。


 9/9 町田、社員からの申請を受理。

 9/10 松原、セキュリティリスクの観点から貸与へ変更するように差戻。

 9/18 町田、稟議書の承認を受けハイスペックパソコン二台の発注依頼と同時にアカウントの払い出し。

 9/20 パソコン着。アカウント情報と共に情報システムチームへキッティング依頼。

 9/24 町田、キッティング済みのパソコンを受領。最終動作確認後、資料とともに午後イチで先方へ発送。追跡番号と共にチャットで連絡。

 ※番号を元に追跡した結果、翌日の夕方には先方へ到着済み。

 9/26 先方からパソコンの到着及び動作確認の報告をヘルプデスク総合チャットへ連絡。案件クローズ。

 10/1 大川リースから通報。この時点で大川リース側に本体があることを考慮すると、30日までには現物が届いている?


 これらの情報が正しければ、少なくとも二十五日から二十九日までの間に初期化された状態でフリマサイト経由で購入者へ届いたということになる。果たしてその間に初期化して、売買することは可能なのか。しかし、なぜ二台あるうちの一台なのか。もう一台の行方はどこか。悩んでいたら終業時間から一時間経過していた。


 翌日、いつも通り大川リースから届いた荷物を開封していた阿部は、いつもとは違う違和感を感じていた。キーボードの左上に貼られている大川リースの資産管理番号シールが、跡形なく綺麗に剥がされていたのだ。

 ノートパソコンを持ち上げて探しても、他にシールは見当たらない。途方に暮れた阿部は、松原の手が空く頃を見計らってデスクに出向いた。松原はパソコンを一通り見つめ、すかさず近くにあった静電気防止手袋とドライバセットを手にしてから奥にある作業スペースへ進んでいった。

 作業スペースには、数台のパソコンがうなり音を上げながら何か作業をしているようだ。他にスマートフォンも数台あれば、ドライバやスマートフォンのSIMカードを取り出すためのピンがあちこちに散らかっている。松原はスペースを見つけると、背面を上にして六ヶ所ある小さな滑り止めのゴムを丁寧に外していった。ゴムに隠されていたネジをドライバを使って器用に外し、天板を取り外すと「ビンゴ」とポツリと呟いた。シルバーの天板の下には、青色の板のようなものが埋め込まれている。

「もしかして、基板を生で見るのは初めて?」

「マザーボード、ですよね」

「正解。ほら、ここに大川リースの名前と番号が貼ってあるでしょ? おそらく、購入者はこれを見て慌ててお客様サポートへ問い合わせしたんだと思う」

 松原がプラスドライバの先端でそっと示した場所には、確かに大川リースのシールが貼られていた。

「でも、普通は分解しませんよね?」

「普通は、ね。ただ、人によっては中にあるパーツ目的で天板を開けることがあるんだ。仮に今回の購入者が中にあるパーツ目的だと考えると、届いたパソコンが初期化されてても何も問題ない。最悪、欲しいパーツさえ動けばいいんだ」

 熱弁している松原をよそに、そういう世界があるのか、と阿部は妙に納得してしまった。初めて見るマザーボードには、メモリなど色々なパーツが組み込まれている。中央寄りにある少し大きめな正方形のものは中央処理装置CPUだろうか。

「そうだ。今度、仕事帰りに秋葉原へ寄ってみない? 色々なパーツが売ってて楽しいよ」

 まあ阿部さんには相応しくないか、とケラケラ笑いながら手際よくノートパソコンを元通りに戻していった。一連の動作に無駄がないことを考えると、松原はこういうことにもけているらしい。

 その後、ノートパソコンは松原が解析のため預かることになった。


「ログの解析が終わったけど、これから話し合いできない?」

 フロアの窓際にある休憩室で松原からのチャットを受け取った阿部は、その場で空いている会議室を抑えた上で五分後に来るように案内した。

「いやー、なんかおかしいよね」

 頭を掻きながら松原が会議室へ入ってきた。柔らかい髪が、頭を掻いたことでくしゃくしゃだ。テーブル上にあるHDMIケーブルを手元のノートパソコンに接続すると、何やら時刻と文字列が並んでいる画面がプロジェクタに映し出された。


 2024/09/20 14:05:30 ログイン通知(システム管理者)

 2024/09/24 10:42:48 ログイン通知(貸出PC)

 2024/09/25 19:19:00 ログイン通知(貸出PC)

 2024/09/25 23:47:58 ログイン通知(貸出PC)/初期化コマンド実施

 2024/09/27 17:01:21 ログイン通知(初期アカウント)


「わかりやすく書いたけど、ここで注目してほしいのは、二十五日の深夜」

 私物のレーザポインタを当てながら松原は説明を続ける。

「二回しかログインしていない時点でパソコンを初期化しているのはおかしい」

「ちょっと待ってください」

 阿部は手元のノートに目をやり、ボールペンで該当する行をなぞりながら補足した。

「確かに二十五日の夕方には配送業者の追跡で到着済みです。動作確認などの連絡が来たのは翌日の午前中ですよ」

「そうだね。こちらを撹乱かくらんさせるために、あえて翌日に報告しているんだと思う。先方があまりパソコンを操作せずに初期化している。そして貸与した二台のうち、一台だけ初期化して転売している。計画的にみせかけた、悪質なパターンだ」

 その後、あれこれ話し合った結果、直接グリーンエネルギー研究所へ訪問した方が早いと結論づけた。キャラクターライセンス部の社員経由で先方へのアポイントを申し込むと、八日の十四時に本社で社長自らが対応するという。社長直々に対応することも珍しいと思いながら、二人は大阪出張に向けて準備を進めることにした。

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