第4話 持つべきものは友!
俺の呼び出しで事務所にやって来た
「へぇ~、ここが家賃だたとはねぇ。さすが尊だな」
俺は苦笑いを浮かべる。正確に言えば、”ただ”ではなく、報酬が貰えるのだが話が面倒になるのを避けるため善にはそこまでは言っていない。
善とも尊同様、腐れ縁の間柄である。小中高と一貫性の学校だったため、みんなガキの頃からの付き合いだ。
善の親父さんはIT会社の社長だが、「今から親父に縛られるのはごめんだ。俺は自らの可能性を試す!」とかなんとか言って今はフリーのWebデザイナーをしている。最近はアプリ開発なんかにも手を出しているそうだが、俺はそっち方面のことは全くわからない。
まぁ、そんなわけで今を謳歌する善なわけだが、多分それらは建前だ。
180センチという高身長と、色香漂うルックスで学生時代からモデルなんかもやっていた善は、俺の知る限り常に複数の女が取り巻いてる。
まぁ、一言で言えばチャラいのだが。そんな善だからまだ遊んでいたいのだろう。
「で、なによ?志童が珍しく俺を呼び出したわけは?」
向かいのソファーに座る善に、よく冷えた缶コーヒーを差し出した。
「あのさ、HP作ってくれないかな?」
「HP? なんの?」
善は首をかしげる。
「いや、だから・・・ここのっ」
「あぁ~そおいや表に変な看板出てたっけ?あれ、本気の看板だったんだ?」
そう言われると、流石に俺も気恥ずかしくなってくる。
「いや、だからあの看板は尊がいつの間にか置いて行ったんだって。
そしたら、客がきて・・・・それで・・・仕方なくというか・・・」
尻すぼみになりながらも、俺は善に泣き女が俺の前に現れたことを事を話した。
「へぇ~、そんなこと実際にあるんだぁ?」
「あぁ――って、善お前信じるのか?」
「え?嘘なの」
「いや・・・・嘘・・・じゃないけど・・・・」
善が泣き女に関して、あっさりと受け入れたことに俺の方が気後れしてしまう。素直なのか、適当なのか――それとも馬鹿なのかわからないが、とりあえず信じてくれたことにほっと胸を撫でおろす。
「で、HPねぇ・・・うん。 いいよ。今はSNSでの発信とか色々手段はあると思うから、まぁそっちは任せてよ。志童が頼み事なんて珍しいしね。それに、一応俺だって志童の友達として脱ニートは喜ばしい」
――脱ニート・・・・ね・・・
苦笑いを浮かべる俺に、善は「ところで・・・」と体を乗り出し、膝の上に頬杖をつくと、艶っぽい笑みを向けてきた。
同じ男なのに、やたら色気のある善の視線に思わずドキリとする。
「報酬は?」
――やっぱり・・・そうきたか・・・
「う~ん・・・・・」
俺は腕を組んで
「CAとの飲み会・・・・で、どうだ?」
善はにやりと、口の端で笑った。
「よし、成立っ」
善が差し出した手を握り、握手を返す。飲み会セッティングの手間は増えたが、まぁ何とかなるだろう。とりあえずHPもこれで解決だ。
俺はほっと胸を撫でおろした。
「そうと決まれば、早速とりかかるかっ。まぁ階層構造も単純そうだから、明日の夕方にはUPできるようにしてやるよ」
「えっ?そんなに早く?」
善が実はすごくできる奴だというのは知っているが、それでもやっぱり大分早いんじゃないかと思う。
「まぁな。あ、志童パソコン用意しとけよ。それとっ。例のセッティングが納品条件だ。忘れるなよ?」
「ぁあ・・・・うん、大丈夫」
CAとの飲み会は、善を全力で動かす動力源としては十分だったようである。鼻歌を歌いながらご機嫌で帰っていく善を見送ると俺はスマホを手に取りある人物の連絡先を表示させた。
――こいつへの頼み事は避けたがったが、背に腹は代えられない・・・か
スマホには「楓」の文字が表示されている。俺の姉、誰あろう庵野雲楓である。無意識にため息が漏れる。全く気が乗らないが仕方がない。俺はスマホの発信をタップした。2コールもならないうちに、スマホから楓の甲高い声が鳴り響いた。
――暇かよっ
思わず心の中で突っ込んでいると俺が声を発するよりも先に、楓がマシンガンの如く喚き始めた。
「もしもし、志童?ちょっと、あんた部屋引き払ってたでしょぉ!なんでそういうことちゃんと連絡しないのよっ!それで?今は?今どこにいるの?」
スマホを耳から10センチ以上離しても楓の声はよく聞こえてきた。
できればここの場所は知られたくない。以前の部屋にも酔っぱらっては、夜中だろうが早朝だろうがやってきては、そこから更に酒を呑みだし大騒ぎする蛮行に走る楓にはうんざりなのだ。楓相手に、俺のプライバシーなど一切ない!と言っても過言ではないのだ。
「あぁ~、そうそう実は最近引っ越しをしてね。ってか楓にさ、ちょっとお願いがあるんだけど・・・」
楓からの質問はとりあえずスルーして、さっさと要件を伝える。ペースに巻き込まれたら負けだ。頑張れ俺。
「CA・・・ねぇ~まぁ、いいけど。相手が尊と善なら、彼女たちも飛びついてくるでしょうから。ところでさ、志童。あんた、何企んでるわけ?それとっ、新しい住所教えなさいよ!」
「あ~、わかった、わかった。そのうち、教えるからっ。じゃ、明日の夕方までにセッティングして連絡よろしくっ」
それだけ言うと、俺は慌てて電話を切った。電源も切った。こうでもしなきゃ、楓の追及は延々と続く。まぁこんな切り方をしても、ちゃんと頼んだことはやってくれるのが楓だ。その辺は、姉として一応信頼しているつもりだ。
ちなみに飲み会メンバーにさらっと尊を加えたのは、こちら側のメンバーのスペックをより高いものにするためだろう。尊の了解は勿論得ていないが、どうせ善が無理にでも尊をひっぱっていくはずだからなんの問題もないだろう。
今日のミッションを一応やり終えて、俺はソファーにごろりと横になった。
このソファーは尊の家が経営するホテルで家具入れ替えの為に不用になったソファーである。不用品と侮るなかれ。ついこの前まで超一流ホテルで現役だったのだ。そこいらのソファーとは格が違う。肌ざわりといい、弾力といい、申し分ない。
思い描いたような呑気な生活とは少し違ってきているが、それでもあのクソみたいな会社に勤めているよりは百倍もましだ。
5月の暖かな日差しが差し込み、事務所の中は昼寝をするには最適な温度になっている。
うららかな日差しの中、俺はゆっくりと意識を手放した。
***
次の日の夕方、予告通りに善はやってきた。
善に遅れること20分、尊もやってきた。
尊の腕にはノートパソコンが抱えられている。
少し前にパソコンを新調した尊から、前に使っていたノートパソコンを俺が貰い受けることになっていた。
ソファーで膝を抱える俺の目の前では、尊と善がパソコンに向かっている。
♪シャラランと小気味良い音をたてて起動したパソコンには、善が作ってくれたホームページが表示された。
俺自身は1ミリも動いていないが、色々なことが無事完了した。
「よっしゃぁ~、いくら階層構造単純ってったて、やっぱこの短納期はきついわぁ~」
大きく伸びをする善の隣で、尊がホームページの中身を確認している。
「やっぱ善は凄いよ。昨日の今日で、このクオリティのホームページつくっちゃうんだからさ」
『大切な故人の葬儀
故人を想い溢れる涙で演出』
内容こそ胡散臭いが、TOPページのデザインから問い合わせに至る仕組みまで、丁寧に作り込まれている。
「確かに、たったの1日でつくったとは思えないほど完璧だな」
尊からマウスを受け取り、俺も実際に色んなページに飛んでみたが確かにわかり易い。善のホームページに関心していると、事務所のドアが静かに開いた。
「あのぉ~、甲斐様からのご注文をお届けにあがりました~」
気の弱そうな男が少しだけ開けたドアの隙間から顔だけを覗かせている。
「あ、ご苦労さん。わるいね」
尊が出迎えると、男はほっとしたような顔をして持ってきたものを尊に渡した。
それがテーブルの上に広げられると、俺はゴクリと喉を鳴らし目を輝かせた。
「まじかっ。尊、ほんとお前最高だよ~」
「わかったから、くっつくなって善っ」
抱きつく善を、尊は全力で押しのけている。善は基本的にスキンシップが激しい。それは相手が女でも男でも構わずなのだ。
まぁ、いつもの事なので俺も尊もさほど気にしなくなってはいるが、これで勘違いしてしまう女の子は多いのもまた事実だから困ったものだ。
ところで、尊がテーブルに置いたもの。
それはこの事務所のすぐ近くの寿司屋の寿司だった。もちろん、回らない寿司やである。
見るからに新鮮で、脂の乗った特上寿司が3人前。
どれも艶が良く、プックリとしている。
この銀座の一等地にある寿司屋に、当然出前などという庶民的サービスはない。尊だからこそ、なせる業なのである。
俺は二人に冷えた缶ビールを渡し、3人で乾杯をした。冷たいビールが俺の喉を通り、次に脂の乗った大トロ寿司を一気に口に頬張るとゆっくりと口の中で溶けてゆく。この世の幸せを感じた。
「で、早速だけど志童くんっ」
善が期待感満載の笑みを向けて、俺を幸せの絶頂から容赦なく引きずりおろした。尊は何の事だ?というように、ビール片手に善と俺を交互に見ている。
俺は尊に対し苦笑いしながら、さっき楓から届いたばかりのlineの画面を黙って二人の前へと差し出した。ふたりが同時にスマホの画面を覗き込む。
『いい?志童っ、必ず引っ越し先教えなさいよ!で、これが約束のCAのセッティング。
来週の土曜日 場所はそっちで指定して。
時間は19:00 CA 3名用意しといたから。
尊、善、それからあんたも行ってきなさい。
先方にはそう伝えてあるから。
たまには女子と遊んで、世捨て人を卒業するように!』
「はぁ~?」
楓からのlineをみた尊が、目を眇め眉間に皺を寄せている。
「なんで俺まではいってんだよっ」
尊は握りしめた拳をプルプル言わせながら、隣に座っている善に詰め寄ったが善はどこ吹く風。
「う~ん・・・なんでだろ? よくわかんなぁい♡でも尊、楓さんのご指名だから仕方ないんじゃない?」
子供の頃からの習慣とは実に恐ろしいものである。
善も尊も、ガキの頃から楓には弟の俺同様に奴隷のように扱われ、そのパワーバランスは今でも変わらない。
「ってか・・・なんで、俺まで・・・・それに世捨て人ってなんだよ・・・別に俺、世を捨てた覚えねぇし・・・」
がっくりと肩を落とす俺に尊が冷たい視線で言い放つ。
「知らないうちに俺まで巻き込まれてるんだ。志童、お前だけ逃れようなんてそうは問屋が卸さないぞ」
「うんうん。みんなで仲良く行けばいいじゃないかぁ~。CAちゃんたち、待っててねぇ~」
俺と尊が盛大なため息をつく中、善だけは終始ご機嫌だった。
何はともあれ、優しい?悪友のお陰でとりあえずのインフラも揃った。気が付けば、泣き女との約束の日も明日へと迫っていた。
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