第3話 新事業!
「はぁ?喪服を着た女が目の前で消えたぁ?」
「そうだよっ、だからさっきから何度もそう言ってるだろ」
夜仕事帰りに来た尊は、昼間自分で持ってきたビールを旨そうに喉を鳴らして飲んでいる。
「で?その女が妖怪だと?」
「そうだ。あれは、妖怪 泣き女だ。っていうか、自分でもそう言っていったし」
尊の憐れむような視線が突き刺さる。
__うぅっ、その目をやめろ・・・・俺がおかしいみたいじゃないか
数口で
「俺だって最初は信じなかったさ。でも、消えたんだよ。俺のっ、目の前でっ!」
尊は2本目のビールに口をつけながら、少し考えるように長い足を組みなおした。なんでもない仕草がやたら様になっていて腹が立つ。
「だいたいな尊っ、お前のせいだからなっ!」
「なんで?」
「お前が変な看板置いていくからこんなことになるんだ。『妖怪相談所』じゃ、妖怪に困ってる人間じゃなくて、妖怪の為の相談所みたいにとれるじゃないか。だから、あんなのが来たんだ」
「お前、そりゃ屁理屈ってもんだろ。で、その泣き女だっけ?どんな妖怪だって?」
――はぁ・・・話が進まねぇ・・・絶対信じてないし・・・・
相手が信じていない話をする程不毛なことはない。けれどもそうとわかっていても、ここで引くわけにはいかない。
「だから、あっちこっちの葬式に勝手に顔を出して泣くんだよ。そうすることで、葬式を盛り上げる。それが、泣き女だ。まぁ、本人も自慢げに言ってたしそこは間違いねぇよ」
「へぇ。なるほどなぁ。しっかし、妖怪の行動ってホント理解できねぇよなぁ。それをしてなんのメリットがあるんだ?」
「知らねぇよ。俺に聞くな。ってか、お前のビジネス理論に妖怪の行動あてはめんなよ。3日後にまた来るらしいから、お前自分で聞けばいいだろ」
「え?また、来るのか?」
「あぁ・・・そう、言ってた」
――そうだ・・・、あの女を追い返せたことが嬉しくて、すっかり忘れていたが、あの女は確かにいった。三日後にくると。
「はぁ・・・あいつまた来るんだよ。来るよな?来ないかもしれないけど、来ちゃうかもしれないよなっ」
「来るって言ったんだろ?」
「そうだよっ!」
「じゃぁ、来るんじゃね?」
尊は瓶に入ったキャビアをクラッカーに載せて頬張りながら言う。もちろん、そんな高級つまみが俺の家にあるわけはなく、尊の持参品だ。
普段から落ち着いている奴ではあるが、今の話を聞いても全く動じていないことに若干の苛立ちすら覚える。
――あぁ、そうか、お前はあの女を見てないからだ!見たらそんな風にはいられないはずだ!
「なぁ尊よぉ、どぉすんだよぉ。今日はなんとかごまかして帰らせたけどさぁ。だいたい、いくら不特定多数が葬式に来るからってそんだけ派手に泣きさけべば、当然故人との関係を遺族は疑うだろっ。あの女俺になんて言ったと思う?自由にあちこちの葬儀に行って泣けるようにしろって言ったんだぞ!さっと行って焼香あげる程度ならまだしも、なんで泣くんだよ!意味わかんねぇよ」
泣き言を言いまくる俺の目の前で、尊はなにやらずっと考え込んでる。そして、にやりとあの悪い顔を見せた。
――うぅっ、尊がこの顔をするときは大抵ろくなこと考えてないんだ。嫌な予感がする、というかいやな予感しかしねぇ。
「なぁ志童・・・それ、使えるぞ」
――ほら、きた・・・・
尊は組んでいた足を戻すと、缶ビールを片手に身を乗り出した。
「お前の話が、本当だったとする」
「ホントだって言ってるだろ」
「わかったよ。じゃあ本当な。で、だ。確かに今の葬式事情は昔とは大きく変わっている。人と人との関係も希薄になっている分、冷めた葬式も多い」
「それで? なにが使えるんだよ・・・」
尊の言わんとすることが1㎜も見えないまま、俺は尊の次の言葉を待った。
「だからだよ!あぁ~もぉっ!なんでわかんねぇかなっ!」
「わっかんねぇよ!」
「今はさ長寿大国だとか言われてるけど、全盛期に活躍した人も引退して老人ホームなんかで余生を過ごすうちにすっかり忘れられて過去の人になってる・・・なんて話も少なくねぇんだよ」
「あぁ~・・・・・」
俺は昔、親父に連れられて出席した葬儀を思い出していた。同業の大手企業の会長の葬儀だ。一軒の屋台から一代で全国チェーンにまでのし上がったその人は105歳と大往生ではあったが、引退後認知症となり30年以上も老人ホームで過ごした。その間にすっかり故人の威厳は失われ形ばかりのただ大きいだけの葬儀となっていたんだ。
「たしかに尊の言ってることもわかるような気もするけど」
「だろ?遺族は威厳を保ち続けたいわけだ。それに大した人望がなかった故人に対して、人望ある人であったと見せたいってこともあるだろ?」
「そうかもしれないけど、また随分な言いようだなぁ」
思わず苦笑いを返す俺に、尊は至極真面目な顔で言い切った。
「なぁ、志童。世の中ってのは、需要と供給の利害関係さえ一致すればなんだってビジネスになるんだぜ?」
「需要と供給?」
尊の言ったことを頭のなかで整理してもう一度その意味を考えてみた。と、同時に自然と思い出されたのはじっちゃんの葬式だった。
俺は末っ子だったこともあり、じっちゃんには可愛がられていた・・・と思う。そのじっちゃんが死んだ。じっちゃんの葬式の風景で記憶に残るのは、やたら目をギラつかせた親戚の叔父や叔母たち。それに気が付いているのに、気づかないふりして白々しい言葉をかける参列した大人たち。
子供ながらに、俺はそれを見ているのが嫌だった。
あの葬式で、じっちゃんのために泣いた大人はいたんだろうか・・・・。
「ぁあ~なるほどな・・・・」
改めて俺は尊の言っている意味を理解した。
「それにだ」
ぴっと人差し指を立てた尊は自信に満ち溢れている。尊の中ではなにか確信を得ているのだろう。
「『泣き屋』ってのは実は世界各国に昔はあった職業なんだ」
「あぁ、そうだったな。泣き女はそんな辺りから妖怪化したものなんだろうな。けどそれって海外の話だろ」
「確かに韓国の『
「まじかよ」
「あぁ、古事記にもそれらしい記述はあるけど、実際には明治くらいまで日本各所に残っていたらしいぜ。それに、台湾やイギリス、エジプトにも泣き女が存在したという記述はあるんだ」
「へぇー」
卒論テーマを妖怪で書いた俺より詳しい尊に素直に関心する。
「時代の流れと共に無くなっていく職業がある反面、今だから再び必要になるものもあるってことだよ」
「たしかに・・・・」
尊にそう言われると、そうなのかもしれないと思えてくる。悔しいことだが。
「だろ?よしっ!そうと決まれば、募集だな」
「は?募集?なんの?」
「バカだな、志童っ。そんなの葬儀に来て泣いてほしい遺族に決まってんだろ」
「はぁーーーーーーっ?」
さっきまで、俺の話なんてこれっぽっちも信じてなかったくせに、どういう訳か尊は楽しそうだ。
「けどそんなの、依頼する奴本当にいるかぁ?」
「いる。絶対、いる!」
「うーん、大丈夫かなぁ?妖怪・・・ってか、あの女を派遣するわけだろ?誰かが見ている前でまた、ふわぁと消えたりしたら大変なことになるんじゃないか?」
そう、泣き女は志童の目の前でなんのためらいもなく消えたのだ。
派遣先の葬儀場で気まぐれに消えないとはかぎらない。
「そりゃぁ、志童。お前の社員教育次第だろ?」
俺は飲みかけたビールを吹き出しそうになった。
「はぁーーーーっ?社員教育ってっ。俺はそもそも会社を立ち上げたつもりも、妖怪を雇った覚えもないぞっ」
「問題ないだろ?」
こんなに見事なスルーがあるだろうか。会話としてなりたってすらいない。そして返す言葉も出ない俺。
「さてとっ」
そう言って尊は飲み切ったビールの缶をバリバリッとつぶすとテーブルに置いた。
「そうと決まれば即行動っ!ちょうど明日、仕事でメディア関係の打ち合わせがあるからそっちの方は俺に任せろ。ネットの方は・・・まぁ、頑張れ」
「いや、ちょっと待ってって」
結局尊は俺の言葉を最後まで聞かぬまま、後ろ手でひらひらと振りながら事務所を出て行ってしまった。
俺の気持ちを100%無視して、何かが大きく動き出している。これが甲斐尊という男の怖いところだ。そしてもう止まることはないだろう。
「はぁ。募集かぁ・・・って、なぁんか尊にうまく乗せられてる気がすんだよなぁ。大体なんて、広告打つんだよっ!『葬儀で泣かせて頂きます』ってか?」
実際声に出して言ってみると急におかしくなってきた。
「まてまて、怪しすぎるだろぉ~。って、まぁいいか。どうせそんな募集、客なんて来ないだろうし」
飲み終えた缶ビールをぐしゃりとひねりつぶし、倒れ込むようにソファーに寝転んだ。ほろ酔いの俺の意識を睡魔が攫って行くのに左程時間はかからなかった。
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