第6話
入学式の翌日。
僕は学園に向かうべくやたらテンションの高い静さんと一緒に家を出た。
「今日も素晴らしいお天気ですねえ。まるで私たちの門出を祝福しているかのようです」
「門出っていうのは大袈裟すぎじゃないかな?」
空に輝く太陽を見上げてうっとりとつぶやく静さんには僕の指摘は聞こえなかったらしく、気にする様子もなく僕の手を取って歩きだした。
「それじゃあ行きましょう義人さん!ほら、早く早く!」
「はいはい……静さん、ご機嫌だね」
諦めて素直に静さんに手を引かれながらも苦笑する僕に、静さんは華やいだ笑みを浮かべる。
「それはもちろん。久しぶりに義人さんと一緒に登校できるのですから、嬉しくないはずがありませんよ」
「昨日の下校の時だって一緒に帰ったんだから、今さらって気もするけど」
「行きと帰りじゃ気の持ちようが違うんですよ!いつもより登校時間分だけ義人さんと一緒に過ごせるというだけで、一日の充実度が段違いですから!」
「そんな大袈裟な……」
「む。義人さんは私と一緒に登校できるのはうれしくないと?」
僕の言葉がご不満だったらしい静さんがこちらを振り向いてじとっとした目を向けてくる。うれしいかうれしくないかで言えば……。
「もちろんうれしいよ」
僕の返答に気を良くしたらしい静さんは、鼻歌でも歌いそうな様子で再び歩き始めた。僕はきっちに握られた手を引っ張られるようにして後に続く。
そういえば僕と静さんが小学生でまだ地元の公立小学校に通っていた頃も、こんな感じで静さんに引っ張られながら登校していた。
あの頃から静さんは優秀でクラスの人気者だったのだけれど、今よりもっと活発でやんちゃだったので腕がちぎれるんじゃないかという勢いで引っ張られていたっけ。僕は昔からおとなしい性格だったから静さんについていくのは大変だった覚えがある。
けれども、そんな風にされるのが僕は嫌いじゃなかった。
母がいなくなってからというもの独り家の中に閉じこもってばかりだった僕を引っ張り出してくれた恩は返しても返しきれない。
ご機嫌な静さんとバスに乗って駅に向かい駅から電車で青嵐学園前駅の方へ。
昨日とまったく同じルートなのに僕の心持ちはまったく違っていて、昨日は学園が近づくにつれて緊張し落ち着かない気持ちになっていたのに今日は穏やかな心持ちだ。
二度目の登校だからということもあるけれど、なによりも静さんが隣にいることに安心を感じていることが理由だろう。
青嵐学園には静さん以外に知り合いも親しい相手もいない(ビジネスライクな友人は除外する)ので、身近な人が一緒にいてくれることの安心感はひとしおだ。
……なんて、僕が静さんと楽しく笑っていられたのも、電車が青嵐学園前に近づくまでだったのだけれども。
電車が駅に停まるたびに幾人かの青嵐の生徒が乗り込んできた。
彼ら彼女らは乗り込んだ電車に静さんが乗っていることに気がつくと、ある者は驚きに目を見開きある者は小さな悲鳴をあげた。
そして誰もが幸運を噛み締めるような素振りの後、僕に不審な目を向けるのである。
いったいこのような馬の骨とも知らぬ男が何故に彼女と一緒にいるのかと言わんばかりに。
「……」
こういう視線を向けられることは昨日の下校の時からわかっていた。
クラスメイトには郡山君の言葉が効いているものの、教室の外に出てしまえば僕のあつかい静さんにまとわりつくおじゃま虫だ。
直接的な言葉もあからさまな態度もないので静さんがその視線に気がついた様子はない。
昔から静さんは周りのことなど気にせずやりたいことをやる質だったので、自分に向いているわけでもない他人の視線など気にもとめていないに違いない。
だから僕は彼らの反応など気づいてもいないかのように振る舞い、努めて笑みを浮かべて静さんと話し続けた。
静さんにいらぬ心配をかけたくなかったし、なによりそんなあつかいを受けて傷つく情けない姿を静さんに見せたくなかったのである。
青嵐生たちの不躾な視線は電車を降りて学校に向かうにつれて数を増していく。
「それでは義人さん、お昼になりましたらお迎えにあがりますので」
わざわざ僕を教室まで送ってくれた静さんは、僕にぺこりと頭を下げてから自分の教室に向かっていった。
静さんが歩いてく先から一年生たちが悲鳴や挨拶の声を上げながら左右に避けていく様を見送ってから、僕はひっそりとため息を吐いて教室の中に入った。
「よう。朝から見せつけてくれるじゃねえか」
自分の机に座ったところで、郡山君がにやついた表情で寄ってきた。
「おかげさまで朝から疲れたよ」
「優秀すぎる従者を持つと辛いなあおい。俺としてはそのまま手放してくれるとありがたいんだが……」
椅子にぐでっと身体を預けながら答えると、彼はさも愉快だと言わんばかりにそんなことをのたまう。
「そもそも静さんは従者じゃないし、手放すもなにもないよ」
「どっからどう見てもありゃあ従者にしか見えないけどな……。ま、お前さんがどう思っていようが別にかわまねえさ」
「そんなことより、早いところ友達料を払ってほしいのだけれど」
肩を竦める郡山君に、僕は契約の履行を求めた。
早急に話を広めてもらわないとまともに学園生活を送ることもままならなくなりそうだ。
「わかってるって。クラスメイトたちと違ってちと時間はかかるが、きっちり話は流してやんよ」
郡山君はそう請け負ってくれたが、言動が軽いせいでちっとも信用できない。
それでも、彼に頼るしか術がないのが実情なのであるが。
「ねっねっ!そんなことより聞きたいことがあるんだけどさっ!」
先行きの不透明さから僕が憂鬱になっていると、隣の席に座っている女子が話しかけてきた。
小柄でおかっぱ頭なその女生徒はくりっとした瞳を輝かせながら身体を前のめりにしている。
「えっと……」
「あっ、あたしは
まだクラスメイトの名前をほとんど覚えていない僕が名前を思い出す前に、目の前のちんまい少女は勢いよく名乗りをあげた。
「ど、どうも……」
やたらとテンションの高い与坂さんに気後れしている僕は、嫌な予感がしつつも彼女に先を促す。
「それで、聞きたいことっていうのは?」
「そりゃあもちろん一ノ瀬先輩との関係についてでしょっ」
案の定な話題にげんなりしつつ、僕は口を開く。
「関係って言っても、昨日郡山君に伝えたまんまだよ。親の仕事の関係で昔から一緒にいるってだけで」
「そうそう!いわゆる幼馴染ってやつだよねっ!あんな素敵な先輩が毎朝一緒に登校してくれるなんてうらやましいな!」
「いやあ、静さんも生徒会の仕事があるだろうし、毎朝というわけじゃ」
「一ノ瀬先輩のお母さんが里崎君の家のメイドさんなんだよねっ?」
「……メイドと言って良いかはわからないけど、お手伝いさんという意味ならまあそうだよ」
どうやらあんまり人の話を聞いてくれるタイプの人ではないらしい。僕に友好的な態度を取ってくれたクラスメイト第一号だったのでできれば友好的な関係を築きたいのだけれど……。
「それならさっ!里崎君と一ノ瀬先輩はひとつ屋根の下で暮らしてるってこと?」
与坂さんの言葉に反応して教室内がにわかにざわめきだし、視線が集まるのを感じて僕は思わず頭を抱えた。
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