第7話

 クラスメイトの視線が集中するこの光景は、なんだか昨日も見たような気がする。

 昨日ほどのきつい視線は感じないものの、迂闊な答えを口にすれば昨日の郡山君の言葉など構わず僕をどうにかしようとする輩が出てきかねないんじゃないかとつい警戒してしまう。

 最低限の情報だけ落としてうまいこと誤魔化すことにしよう。


「……まあ、二世帯住宅の物件に別れて暮らしてるからひとつ屋根の下と言えなくもないかな」


 僕は与坂さんの問いに、彼らを刺激しないよう言葉を選びながら答える。


「それじゃあ一緒にご飯を食べたり一緒に勉強したりしてるんだっ。後は、お風呂で背中を流してもらったりとか添い寝してもらったりとか──」


「そこまではされてないよ!」


 与坂さんがとんでもないことを言い始めたので僕はつい声を荒げた。

 そんな僕の反応を見てうんうんと頷く与坂さん。


「なるほど、つまりご飯食べたり勉強したりはしてるんだねっ」


 引っ掛けられた!?

 思わず与坂さんに視線を向けると、与坂さんは驚く僕を不思議そうに見返してくる。


「別にそいつはお前さんをハメようなんて思ってしゃってねえぞ」


 与坂さんと見つめ合う僕に、郡山君が忍び笑いを漏らしながら解説をする。


「嘘でしょ……?今ので?」


「前からそういうやつなんだよ。深く考えずにしゃべるくせに妙に核心を突いてくるから勘違いされやすいんだが」


 なにそれ嫌すぎる。

 僕が顔をひきつらせているのをよそに、与坂さんが郡山君に抗議する。


「ちょっともっさんっ。あたしが考えなしみたいな言い方やめてよっ!」


「お前が考えなしじゃなかったら人類に考えなしなんて言われるやつは存在しなくなるわ。というかもっさん言うなっていつも言ってるだろうが喧嘩売ってんのか!」


「もっさんが先に喧嘩売ってきたんでしょっ!もっさんなんてもっさんで十分だよっ!」


「頭の悪い言葉を使うんじゃねえ馬鹿女め!」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ与坂さんと彼女につられて声が大きくなる郡山君。

 僕そっちのけで口論を始めるふたりに、つい言葉が口を突いて出る。


「ふたりとも、なんだか仲が良いんだね」


 僕の言葉に反応して郡山君が顔をしかめながら振り返ってくる。


「……別にそんなんじゃねえ。腐れ縁だよ腐れ縁」


「もっさんとは幼稚園からの付き合いだからねっ!いわゆる幼馴染みってやつだよっ!」


「ああ、なるほど」


「俺からすりゃあこいつは疫病神だよ。毎度毎度変なことに首を突っ込んでトラブルばかり起こした挙げ句俺を巻き込みやがる」


「そんなことないよっ!もっさんが道に迷って川の土手に座って泣きじゃくってるのを見つけ出して上げたのは誰だと思ってるのさっ!」


「あれはてめえが野良犬にちょっかいかけて追いかけられてたのを俺に擦り付けたからだろうが!」


「あれっ?そうだっけ?」


「自分に都合の良いところばかり覚えやがって、こののーたりんめ!」


「むっかあっ!のーたりんは差別用語なんだよっ!この暴言メガネっ!」


 そしてまたぎゃいぎゃいと言い争い始めるふたり。

 正直意外な光景である。

 敵呼ばわりされたり友達契約を結ばされたりで郡山君にあまり良い印象を持っていなかったのだが、こうして与坂さんと言い争う彼を見ているとそこまで悪いやつじゃない気がしてくる。

 考えてみればクラスメイトたちが見ている場で僕を敵呼ばわりしてみせたのも衆目を集めて僕を敵視することのデメリットを語って聞かせるためだとも考えられるし、自分の利益を語って強引に友達契約を結んでみせたのも外部進学組で孤立する可能性が高い僕を手っ取り早く馴染ませるための方便と言えなくもない。

 ……まあ、本当に打算的に近づいてきただけという可能性も十分にあり得るのだけれど。

 なんにせよ、ビジネス友達郡山君へ感じていた苦手意識がある程度払拭できたのは収穫だ。

 郡山君たちのやりとりを見ていたら、なんだか思ったよりもなんとかなる気がしてきた。


「……おい、なににやついてやがる」


 そんな風に考える僕の顔を見て、郡山君が睨みつけてきた。どうやら表情筋が緩んでしまっていたらしい。


「ごめんごめん」


「にゃろう……まあいい。それより今日は覚悟しておけよ」


 表情を変えぬままに謝る僕に、弱味を見せたと思ったのか憎々しげな表情を浮かべる郡山君が思い出したようにそんなことをいう。


「うん?覚悟って……?」


 今日から普通に授業が始まるので、特別覚悟が必用な──つまり僕が酷い目に遭いそうなイベント事はなかったと思うのだけれど。

 まだ学園内に僕に危害を加えるデメリットを流布していないので教室の外では気をつけろ、とかそういう話だろうか。

 首を傾げる僕の肩に、誰かの手が置かれた。

 振り返ると、そこにはポニーテールな女子生徒の姿。僕の席の斜め前に座る、入学の日に僕のことを睨みつけていた彼女──名前は確か鳴海なるみさん。

 彼女は昨日とは打って変わってにこやかな笑みを浮かべつつ口を開いた。


「里崎君、女子バレーボール部のマネージャーに興味ない?今人手が足りなくて、是非とも力になって欲しいんだけど」


「い、いや。今は授業に追いつくために勉強に集中したいから、そういうのはちょっと……」


 唐突な鳴海さんの言に困惑しつつ僕が答えると、彼女は尚も食い下がってくる。


「そう言わずにお願いっ!ほら、女バレのマネージャーになれば部員の子と仲良くなれるわよ!」


「いやあ……」


 何故かやたらと熱烈な勧誘をどうやって断ろうかと僕が思案していると、反対側の肩に誰かの手が置かれる。

 そちらを見ると、瀬田君が立っていた。


「おいおい鳴海よぉ。里崎は俺と野球部で青春の汗を流すって決まってんだよ。なあ里崎?」


「瀬、瀬田君?別にそんな話は一言も……。というかちょっと肩が痛いんだけれど……?」


「いやいやなに言ってんのよ。野球部なんて汗臭い部活なんかよりも女バレで女の子に囲まれてた方が里崎君も嬉しいでしょ?」


「馬鹿言え。汗臭え女に囲まれても嬉しかないってんだよ」


「は?」


 鳴海さんと瀬田くんは当の僕をそっちのけで睨み合いを始めてしまった。

 両肩を掴まれたままの僕は逃げることもできずふたりがメンチを切り合う様を見ていることしかできない。


「ええと……どういうこと?」


 呆然とする僕に、郡山君がくつくつと静かに笑いながら声をかけてきた。


「見ての通り部活勧誘だよ。うちの高等部は外部生が少ないから部活動紹介のオリエンテーションもやらないんでな。外部生を部活に入れたいと思ったらこうして直接勧誘するしかねえのさ」


「ああなるほど……。いや、僕が気にしてるのはそういうことじゃなくて……」


「なんでわざわざ男をマネージャーにしようとしたり、野球経験もないのに勧誘されたりするのかってことだろう?」


 僕が皆まで言う前に郡山君が僕の疑問を代弁してくれたので、僕はこくこくと頷いて肯定する。


「そんなの決まってるだろう。お前を一ノ瀬先輩を釣るためのエサにしたいのさ」


「静さんを?」


「頭が働いてねえなぁ。お前を部活に入れれば一ノ瀬先輩が部活に顔を出してくれるかもしれねえだろう?うまくいけば一ノ瀬先輩も入部してくれるかもしれねえ。一ノ瀬先輩さえ入部してくれりゃあ男のマネージャーを入れるのも未経験者を入部させるのも安いもんって寸法さ」


「なっ……!?」


 何故静さんの名前が出てくるかわからず首を傾げる僕に郡山君は懇切丁寧に説明してくれた。

 そして状況を理解した僕を見て愉しげな笑みを浮かべる。


「そして同じ理由でお前を勧誘しようとする奴はこいつらだけじゃねえ。単純に一ノ瀬先輩が目当ての部活も、一ノ瀬先輩の人気にあやかって部をデカくしたいやつもみんな熱烈にお前を誘うだろうよ。これから忙しくなるぞ?お前自身に興味のないやつらの勧誘を延々と断り続けなきゃいけないんだからな」


 ほらもう早速と周囲を示す郡山君につられて見渡すと、いつの間にか周囲をクラスメイトたちに囲まれていた。

 彼ら彼女らは僕へのアピールのつもりなのか部活で使うのであろう道具を手に抱えて顔に笑みを貼り付けている。


「里崎、俺と一緒に山登らないか!登山部に入れば富士山の御来光を拝めるようになるぞ!」


「そんな大変な部活なんか入る必要ないよ里崎君!時代は料理男子!料理部に入ってモテを極めましょう!」


「弓道部なら体力要らずだよ!精神修養にもなるしその気があれば一生続けられる武道さ!」


「武道なんて古臭い部活よりもIT部に入らないかい?プログラミングを学んでおけば将来何があっても食いっぱぐれないよ!」


 やいのやいのと熱烈なアピールをしてくれるクラスメイトたち。というか、明らかに知らない人もいるのだがもしかして他のクラスの人だろうか。

 皆が僕を見つめる視線は昨日の敵意マシマシな視線に比べたらおとなしいものであるが、やたらとギラついていてこれはこれで恐怖を感じる。


「ああそう言えば」


 僕が顔を引き攣らせていると、何か思い出したような鳴海さんの声と共に僕の両肩に置かれた手に力が込められて肩がみしりと軋みを上げる。

 慌てて顔を向けると、鳴海さんと瀬田君が顔を近づけてくる。


「一ノ瀬先輩とのひとつ屋根の下の暮らしぶりについて詳しく」


 威圧感のある笑みを浮かべた瀬田君の言葉と共にさらにさらに肩に力が加わり、僕は小さく悲鳴をあげた。


「そういや言い忘れてたが、うちのクラスだとそのふたりが一ノ瀬先輩ガチ勢の最右翼だから扱いには注意しろよ」


「そういうのは先に言ってよ!」


 今さら思い出したようにそんなことを言う郡山君に僕は声を荒げた。

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うちのメイド(自称)が人気者すぎて学園生徒の敵になった僕の話 萬屋久兵衛 @yorozuyaqb

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