第3話

 静さんが家事を片付けたり僕が学園の授業に追いつくための予習をしたりで、結局買い物にでかけたのは午後になってからだった。


「どこのお店に行くかは考えてるの?」


「はい、とりあえず駅前の商業施設に行こうかと」


 流石に安っぽいミニスカメイド衣装から普段着のパンツルックに着替えた静さんに問うと、そんな答えが返ってきたので僕たちはバスに乗って駅前に向かった。

 うちの最寄り駅近辺には商業施設がいくつもあるので、駅前に出向けばたいていのものは買いそろえられるだろう。

 駅前に降り立つと日曜日なせいかけっこうな人混み具合だった。あるいは僕たちと同じように春休み最終日な学生たちが、迫り来る学校生活から逃避するために遊びに繰り出しているのかもしれない。


「今日は人が多いですね。はぐれないように手をつなぎましょうか?」


「手なんてつないで並んで歩ていたら周りの迷惑だし別にいいよ。人混みではぐれるほど子供じゃないし」


「……ちっ」


「なんで舌打ち……?」


「気のせいですっ」


 何故かちょっぴり不機嫌になってしまった静さんの後を、首をかしげながらついていく。

 しかし、本当に人が多い。

 人混みが得意ではない僕としてはさっさと予定の品々を購入して帰ってしまいたいところであったが、静さんが入った店は何故かファッションショップだった。


「静さん?」


「空気読めない罪で義人さんには私の服を選んでいただきます」


「ええ……?」


 今までの会話の流れのどこに空気を読めない部分があったのだろうか……。

 困惑する僕を他所に、静さんは熱心に服を選び始める。


「そうですねえ……。この辺とかはいかがでしょうか」


 静さんはワンピースタイプの服を取り出してきて僕に見せてきたが、自分の服だって静さんが選んでくれた物を着ているのに他人の服のことなんてさっぱりわからない。


「ううん……良いんじゃないかな」


「ふむ。これはいまいちですか……」


 素直に答えたつもりだけれども、僕の返答は静さんにとってはご不満だったようで服を元の場所に戻してしまった。


「いや、普通に似合ってたと思うのだけれど」


「ファッションセンス皆無な義人さんの良いは信用できませんからね。選ぶなら義人さんが涙を流しながら大絶賛するような服でないと」


「たぶん世界中探してもそんな服は存在しないと思うよ……?」


 なにせ僕は静さんの言うとおりファッションへのセンスはまったくない。そもそもすべての服を静さんに選んでもらっているぐらいファッションには興味がない。そんな僕が感涙するような服があるなら是非とも拝んでみたいものだ。


「わかりませんよ?世界は広いですから、義人さんのニッチな性癖に刺さる服が存在してもおかしくありません。とりあえず探してみることから始めましょう」


「僕の性癖をニッチだって決めつけるのはやめてもらえる?というか文房具は……?」


 しかし静さんは僕の言葉に耳を貸さずに服選びに没頭している。

 たぶんこれは長くなるやつだなと悟った僕は、帰りが遅くなりそうなことを察してひっそりとため息を吐いた。


    *


「いやあ、結局義人さんのお眼鏡に適う服はありませんでしたが、それなりに良さそうな服は買えましたね」


「それは良かったね……」


 上機嫌な様子でアサリのパスタを食べる静さんを前にして、僕はミートパスタに手を付けずに背もたれに身体を預けてぐったりとしていた。

 午後いっぱい静さんの買い物に付き合ったのでもうへとへとなのだ。

 あの後静さんは、商業施設にあるファッションショップをはしごして僕が感涙するような服探しを本当に実行した。

 ビルを上から下まで回ってから別の商業施設に向かい、一から十までしらみつぶしに店をまわり、ついでにアクセサリーや小物雑貨のお店もつまみ食いするとんでもスケジュールである。

 一番大変だったのはしれっとランジェリーショップに入った静さんに下着を選ばされそうになってなんとか許しを請うた時なのだが、なんで僕の方が謝る側に立たされたのかは未だにわからない。

 僕が延々と歩き続けて疲労していく中、次々と差し出される、あるいは静さんが試着した服の評価をさせられて、最後の方はほとんど脳死で評価をつけていたように思う。

 そんな状態の僕の評価が参考になったのかは不明だが、静さんはいくつかの服を購入していた。その服と僕のリアクションのどこを見て判断したのかはさっぱりわからないが、ご覧の通り機嫌は大変よろしいようなので本人としては実りのある買い物だったのだろう。

 結局服選びにほとんど時間を使って目的の文房具は最後にちょっと店に入って買いそろえて終わりである。

 これなら近所の適当な店で買いそろえた方が短い時間で済んだなと考えていると、静さんが相変わらずの機嫌の良さで口を開く。


「久々に義人さんとデートを楽しめましたし、これで明日からの学校生活にも身が入るというものです」


「……デート?」


「男女がふたりで外出してショッピングしたり食事をしたりしているのだからデートでしょう?」


「いや、男女で買い物したからといって必ずしもデートだとは限らないと思うのだけれど……」


「もうっ!私がデートだと言ったらデートなんです!」


 僕のマジレスに静さんは口を尖らせた。普段は大人びている感じなのに、時々こういう子供っぽいところがあるんだよな……。そこが静さんの魅力ではあるんだけれども。

 しかし、デートか。確かに普通にショッピングに連れ回されましたというよりは、ふたりで楽しくデートしましたという方が聞こえが良い。

 僕としてもただ連れ回されて疲れたという話にせずに、静さんと一緒に服を選んで静さんを笑顔にできましたという方が労力に対する対価を得られているような気がするし。


「……うん、そうだね。わかったよ。今日はお買い物デートでした」


「はい、良くできました」


 僕が白旗をあげてそう答えると、静さんは元の笑顔に戻って頷いた。


「明日からはまた忙しくなりますからね。今のうちに義人さんと一緒に楽しんでおかないと」


 楽しむだけなら僕と一緒である必要はないと思うのだけれど、それは口にださないでおく。だって今日は僕と静さんのデートなのだから。


「というか、明日からは一緒の学校に通えるんだし一緒の時間ぐらい……」


 僕は途中まで言いかけてから口を噤んだ。今しがたデート中に余計なことを口にしないよう自分を戒めたばかりなのに、結局口に出してしまった。

 思わず首を竦めた僕だったが、静さんは気にも止めずに苦笑しつつ首を振った。


「いえ。私には生徒会の活動がありますから、しばらくは義人さんとの時間があまり取れないと思います」


「ああ……」


 そういえば静さんは生徒会役員だったっけ。

 なんとなく話は聞いているのだけれど、青嵐学園に入学できなかった僕を気遣ってかあまり細かい話は聞いたことがないのだが、帰りが遅くなることもままにあったし熱心に活動しているのだろう。

 確か中学生の時にも生徒会役員をやっていて、一時は生徒会長も務めていたというから周りにも頼られているに違いない。


「まあ、家では一緒に過ごせるわけだし、僕のことは気にしないでよ」


 完全なる善意のつもりでそんなことを言ったのだが、何故か静さんは僕の言葉に反応してきっと睨みつけてきた。


「私に義人さんとの時間より生徒会活動を優先しろと言うのですかっ!」


「そう言ったんだけど?」


 あれえ?

 僕は静さんの予想外のリアクションに困惑してしまう。


「生徒会役員なんていろいろやることあるんでしょ?紗雪さんに家のことを頼まれてるって言っても学校生活を疎かにしてまでやれって話じゃないだろうし、そんなに気にしなくても……」


「家事手伝いのことは言ってませんっ!そっちはどんなに忙しくてもしっかりとこなします。旦那様からお金をいただいて働くんですから」


 家のことを気にしているのかと思ったらそう言うわけでもないらしい。

 家事もやって生徒会役員もやってなんて、なおさら僕にかまっている暇なんてないだろうに。

 首を傾げる僕を他所に、静さんは不満げな表情でパスタにフォークを突き刺し乱暴に巻き始める。


「確かに生徒会活動はやり甲斐のある仕事だと思いますが、元々恩のある先輩や友人から頼まれて仕方なく参加しただけで……」


 頼まれたからといって生徒会長にまでなったりするのかと思わなくもないが、まあ静さんにもいろいろとあるのだろう。

 実際静さんはぐちぐちと不満のようなものをこぼしながらパスタをフォークに巻き込み続けている。


「本当だったら高校進学と同時に生徒会活動からも身を引いて母の手伝いをするつもりだったんです。それを先輩が毎日のように教室に来て手伝ってほしいと頼み込むから本当の本当に仕方なく……」


 どうやら僕の知らないところでそんな話があったらしい。

 静さんの様子からして掛け値なしに渋々引き受けたのは間違いなさそうだが、そんなに嫌がる静さんをわざわざ口説き落とすのだからその先輩が強情なのかはたまたそれだけのことをさせるほどに静さんが有能なのか。

 とにかく静さんは家のことに集中できないのがご不満であるらしいが、静さんとて学生なのだから学園生活を優先してもらいたい。

 学校で送る青春というのは人生で一度きりなのだから。


「お陰で義人さんの初登校にも同道できず……!不甲斐ない従者をお許しくださいっ!」


「うん、静さんを従者にした覚えはないね」


 大袈裟に嘆く静さんの手元では、フォークに巻きついたパスタがひと口で頬張れないほどに巨大になっている。静さんはあれをどうするつもりなんだろうか。


「明日の朝は生徒会の活動でなんかやるんだっけ?」


「はい……校門の前で朝のあいさつ運動を行いますので、早く登校をしなければならないんです」


 ああ。校門前で並んで、眠い目を擦ってやっとの思いで登校してきた生徒におはようの挨拶を浴びせかけるというあれか。僕が通っていた中学校にもあったが、いち生徒をわざわざ早起きさせて生徒を出迎えさせるなんて理解に苦しむ。

 まあ、そんな活動であっても(静さん以外の)生徒会役員達が納得ずくで行っている活動を口に出してまで批判はすまい。


「僕も静さんと登校できないのはちょっと残念だけど、生徒会活動なら仕方がないよ。ほら、一緒に登校する機会ならいくらでもあるんだし」


「今後一緒に登校する機会が何度あっても、義人さんの初体験は一回しかないんですよう!」


「僕の初登校を初体験って呼ぶのやめてくれる?」


「しかし私は曲がりなりにも生徒会の一員ですから私情を交えて生徒会の活動に今回は仕方がありません。涙を呑んで諦めましょう」


 静さんは僕のツッコミをさっくりと無視して陰鬱な声でつぶやいた。


「ですがそれも今月までの話。来月になれば新たな生徒会が発足しますから、生徒会活動ともおさらばです」


 静さんの言葉に僕は首をかしげた。


「来月って五月?そんな時期に生徒会が交代するの?」


 僕の中学校の生徒会なんかは夏休み明けぐらいから生徒会選挙が始まって十月に交代というスケジュールだった気がするのだけれど。


「青嵐学園生徒会の改選は半期毎なんですよ。まあ優秀な役員はそのまま据え置きされることもありますが」


「ふうん」


「そういう訳ですので、大変申し訳ないのですがしばらくの間は登下校にお付き添いできないこともしばしば発生するかと思いますが何卒ご辛抱ください」


「別にそこまでかしこまることでもないと思うけれど……とにかくわかったよ」


 静さんは僕の言葉に安心したかのように頷くとパスタに視線を戻し……トグロを巻いたパスタの中心からフォークを引き抜いた。

 ……普通に引き抜くのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る