想定外の介入

「地球連邦政府からの緊急通信です」


中央制御室の通信スクリーンに、連邦科学技術評議会のロゴが表示される。1.5秒の光遅延を挟んで、最高技術顧問のジェームズ・ウォーカーの声が届く。


「昨日の...事象について、説明を求めます」


「予定された実験の一環です」クレアが答える。「新型環境適応服の...」


「それは表向きの説明ですね」ウォーカーが遮る。「我々の観測では、コロニー全域で発生した量子異常は、既知の物理法則では説明できない規模のものでした」


突然、通信が途切れる。


「警告。外部からの不正アクセスを検知。ファイアウォールが...」


クレアは即座にセキュリティプロトコルを起動させる。「複数のソースから、同時的な侵入試行が」


「井筒商事ですね」ピエールの声は冷静だった。「彼らは祖父の時代から、この技術を追っていた。最新の環境適応服の開発で、ようやくその糸口を掴んだ」


新たな警報が鳴り響く。


「量子状態に異常な変動が」アリエットが報告する。「外部からの干渉波が...」


ホログラム空間の量子状態マップが、急激な変化を示し始めた。


「これは...」クレアが息を呑む。「軌道上から、指向性の量子ビームを?」


通信スクリーンに、井筒商事の最高技術責任者、篠原真理子の姿が映し出される。


「デュボワ=アオキさん」彼女の声は驚くほど穏やかだった。「人類の宇宙進出における最大の壁。それは『空間』との関係です。重力、放射線、真空...私たちは常に、空間の制約と戦ってきた」


「そして、この技術があれば」クレアが言葉を継ぐ。「空間そのものを制御できる」


「だからこそ、この技術は一企業や一コロニーのものであってはならない」篠原の熱を帯びた声が続く。「人類全体の資産として...」


「それが、強制的な干渉を正当化する理由になりますか?」


ピエールの静かな問いに、篠原は一瞬、言葉を詰まらせた。その時、予想外の出来事が起きた。


祖父の織物が、かつてない強度で輝き始めたのだ。


「これは...」クレアが驚愕の声を上げる。「自己防衛機能?」


ホログラム空間の量子状態マップが、新たなパターンを形成し始めた。それは外部からの干渉を積極的に取り込み、より高次の安定構造へと再編成していくかのようだった。


「驚くべき」篠原の声さえ、畏怖の色を帯びていた。「これは単なる受動的な技術ではない」


「進化する技術です」ピエールが静かに告げる。「そして、その進化の過程は、人為的に加速することはできない」


制御室の振動が、徐々に収まっていく。量子状態マップは、新たな安定性を示し始めていた。


「デュボワ=アオキさん」篠原が再び口を開く。「24時間後に、正式な交渉の場を設定させていただきたい」


ピエールは織物を見つめたまま、考え込む。その表面では、新たな量子パターンが静かに、しかし確実に形を成しつつあった。


時間との戦いは、まったく新しい局面を迎えようとしていた。

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