実験と挑戦
コロニー中央制御室の壁一面に、異常の進行状況が投影されていた。重力異常は既に危険域に達し、居住区の一部では避難が始まっていた。
「理論的には可能です」クレアは評議会メンバーの前で説明を続ける。巨大なホログラムの中で、量子制御プログラムの構造が複雑な幾何学模様を描いている。
「問題は実装規模です。研究所レベルでの制御には成功しましたが、コロニー全体となると...」
「具体的な数値を」議長が遮る。
「必要な演算能力は、通常の量子コンピュータの100倍以上」クレアが即答する。「しかも、従来型のアーキテクチャでは対応できません」
「では不可能だと?」
「いいえ」ピエールが一歩前に出る。「コロニー自体を一つの『織機』として使います」
彼はホログラム表示を切り替えた。コロニーの構造図が、新たな視点で展開される。
「このコロニーには数千のセンサーと制御機器が配置されています。それらを従来の用途とは異なる形でネットワーク化することで...」
「警告」アリエットの声が響く。「第3居住区で重力制御が完全に停止。現在、非常用シールドで隔離中」
クレアの指示で、数千のセンサーが新たなパターンで接続されていく。「生体のニューラルネットワークにヒントを得たパターンです。ただし、量子レベルでの制御を可能にする改良を加えています」
「これは」技術顧問の一人が目を見開く。「まるで神経網のような構造です」
ピエールは祖父の織物を中央制御卓に置く。「これを量子状態の『鋳型』として使います」
織物から放射される量子パターンが、予測をはるかに超える強度で増幅され始めた。それは単なる制御プログラムではなく、まるで意識を持ったかのように、自律的な発展を示していた。
「制御不能です」アリエットが警告を発する。
「違います」ピエールの声が、静かだが確信に満ちていた。「より高次の制御が始まっているんです」
ホログラム空間で、パターンの進化が続いていく。それは、コロニー全体に展開されたセンサーネットワークを介して、新たな形の秩序を生み出そうとしていた。
「各区画の重力異常が...安定化の傾向を示し始めています」
「これは単純な異常の抑制ではありません」クレアがデータを凝視する。「空間構造そのものが、より高次の安定状態に移行しようとしている」
「リスクは?」議長が鋭く問う。
「未知の領域です」クレアが正直に答える。「ただし、制御は可能です。むしろ、このパターンの自律的な進化こそが、本来意図された姿なのかもしれません」
突然、コロニー全体を包むように、微かな振動が走った。しかし、それは破壊的な振動ではなく、むしろ生命体の鼓動のように、規則的で安定したものだった。
「信じられない...」技術顧問が呟く。「重力異常が、完全に収束していく」
ホログラム空間には、コロニー全域に広がる新たなパターンが表示されていた。それは、まるで巨大な織物のように、空間そのものを編み上げているように見えた。
「これが、祖父の本当の遺産だったんですね」
ピエールの表情には、深い理解の色が浮かんでいた。「単なる制御技術ではない。空間と共に『進化』する、新たな技術の可能性」
クレアは黙って頷く。二人の前には、予想をはるかに超える発見が、その姿を現し始めていた。
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