第九話「ゴミスキルの覚醒」

がばっと姿勢を正し、杖を握り直した。思い出した家族の笑顔が、重かった身体を軽くしてくれるようだった。




「やるしかない」




エナジードリンクの缶を手に取り、最後の一本を勢いよく開けた。炭酸が喉を刺すように流れ込む。コンビニでまとめて買った缶の残りはもうゼロだ。机の端に積み上げられた空き缶がカタリと音を立てる。




ゼリー飲料の空袋も机の端に山積みになっている。部屋にはわずかに人工的な甘い香りが漂っていた。疲労で体中が軋む中、それらが唯一のエネルギー源だった。




(まだいける……まだ……!)




自分に言い聞かせ、スキルを再び発動する。目の奥は焼けるように熱く、全身が鉛のように重い。それでも、止められる気がしなかった。




気づけば、外から微かに鳥の声が聞こえ始めていた。時計を見ると、すでに朝の4時を回っている。目の奥がじんじんと痛み、頭はぼんやりとしていた。それでも、手だけは止まらなかった。


そして、何度目かのスキル発動の瞬間――杖の表面に微かな変化が現れた。




「……ん?」




今までの視界の中では見えなかった模様が、杖の柄に浮かび上がるように現れた。先ほどまでは完全に消えかけていた彫刻のようだが、今ははっきりとした線が映り込んでいる。




「……やっぱり、変わってる」




疲れ切った頭にわずかな興奮が広がる。この杖には間違いなく「過去の姿」がある。それが俺のスキルで少しずつ掘り起こされているのだ。




「もっと……もっと見てやる」




俺はさらに集中して《過去視》を繰り返した。スキルを発動するたびに、杖の表面が少しずつ鮮明になっていく。模様がつながり、彫刻の形が明確になり、かすれていた文字が次第に浮き上がる。




外はすっかり明るくなり、窓から射し込む朝日が机の上を照らしている。昨夜から続けた《過去視》の作業は、いつ終わるとも知れない苦行のようだった。




(もう何回使ったんだ……?)




時計を見ると、針は朝の7時を指していた。目の奥が焼けるように痛む。全身に疲労がまとわりつき、肩と背中の筋肉が痺れるように固まっている。だが、手だけは止められなかった。




「《過去視》……っ!」




絞り出すようにスキルを使い続ける。そのたびに、杖の表面が微かに変化していくのが分かる。模様はさらに鮮明になり、文字は少しずつ読み取れる形に近づいている。先端の宝玉も、淡い光を帯び始めている。




そして――次のスキル発動の瞬間、目の前に浮かび上がる杖の姿が、ついに完全に変わった。




「……これが、元の姿?」




朽ち果てていた杖は、まるで別物のように蘇っていた。表面は滑らかで美しく、柄には精緻な彫刻が施されている。消えていたはずの宝玉が、杖の先端にしっかりと収まり、青白い光を放っている。


その瞬間、目の前に新たなウィンドウが現れた。




【封印の開放】


アイテム:【ぼろぼろに朽ち果てた杖】


ランク:F- → A


説明:時間とともに失われていたアイテムの力を復元し、封印されていた本来の姿を解放しました。


【アイテム名変更】:蒼炎の古杖




「……Aランク?」




ウィンドウに表示された言葉を見て、思わず息を飲んだ。先ほどまでのF-ランクとは比べ物にならない性能に変わっている。説明文に記された「封印の開放」という文面が、俺のスキル《過去視》に関連しているのは明らかだった。




杖を手に取ると、軽く振るだけで柄の模様が青白く輝き始めた。その光景に、これまでの疲れが一気に吹き飛ぶような気さえした。




(……これが、俺のスキルの力?)




信じられないような気持ちと、それでも確かに目の前にある結果。その二つが胸の中で渦巻く。




杖の全体に絡みつくような彫刻模様は、神秘的なデザインを描き始めていた。宝玉が欠けていた先端部分には、微かに青白い炎が宿っている。




【蒼炎の古杖】


種別:武器/杖


ランク:A


説明:古代の魔導士が用いた伝説の杖。時間と共に朽ち果てたが、本来の姿を取り戻せば強大な力を発揮する。


【付与属性】過去を呼び覚ます力、炎魔法ダメージ+50%




「……まさか、俺のスキルが……」




今まで「1秒前しか見えない無能なスキル」だと思っていた《過去視》。だが、この杖が証明しているのは、そのスキルが失われた価値を取り戻す力を持っているという事実だった。




「もしかして……」




ふと、ある可能性が頭をよぎる。




(このスキルを、他のアイテムにも使えるんじゃないか?)




考えを巡らせる中、ふと視界に映ったのは、自宅の机の隅に積まれた小さな金属片――学校で処分するためにまとめられた装備品の残骸だった。それらは壊れた初心者用の剣や盾、誰も使えないほどボロボロになった防具の破片だ。




(廃品回収施設……!)




もし、廃棄されたアイテムにも過去の姿があるのなら、俺のスキルでそれを取り戻せるかもしれない。そう考えた瞬間、胸の中に新たな希望が湧き上がった。




「行ってみるか……!」




疲労感に苛まれながらも、俺は立ち上がり、玄関へと向かった。

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