第四話「ダンジョンゲート出現」
どれだけ頑張ったところで、Bランクに届くことはない。Fランクの《過去視》で成績を上げるなんてことは不可能だ。俺がここにいる意味すら、もうわからなくなっている。
遠くで、また魔法が炸裂する音が響く。その光と音に包まれる中、俺は一人だけ完全に取り残されたような気持ちになっていた。
授業が終わり、俺は重い足取りでグラウンドを離れた。周囲にはクラスメイトたちの笑い声や雑談が響いている。彼らの会話の内容は、次の魔法演習の課題や、新しい装備の話題だった。
(俺には、関係ない話だ)
そんなことを考えながら、教室に戻る途中の廊下を一人で歩いていると、背後から声が聞こえた。
「天城くん、大丈夫?」
振り返ると、そこには月宮朱音が立っていた。同じクラスで、学年でもトップクラスの成績を誇る彼女は、誰に対しても分け隔てなく接する優等生だった。
朱音は少し心配そうな表情で俺を見つめている。その瞳の中に映る自分の姿が、余計にみじめに思えてしまう。
「……平気だよ」
そう答えたが、朱音は納得しないように首を傾げた。
「平気に見えないけど。今日の演習、城戸くんたちに何か言われてたよね?」
俺は視線を逸らした。朱音が気づかないわけがない。彼女はクラスの中心的な存在であり、俺が城戸たちからどう扱われているかも知っているはずだ。
「別に、大したことじゃないよ」
「大したことないわけないでしょ」
朱音の声が少し強くなる。その声色には、彼女が本気で心配しているのが感じられた。
「私、ずっと見てたんだよ。天城くんがずっと一人で耐えてるのも、誰にも頼らないのも」
「……頼れるわけないだろ」
思わず呟いてしまう。その言葉に、朱音は一瞬だけ黙った。
「どうして?」
彼女の問いに、俺は返答を探した。だが、心の中にあるのは言葉にしがたい感情の塊だけだ。
(どうして……って。そんなの決まってる)
誰かに頼ることで解決するなら、最初からそうしている。頼ったところで、どうせ何も変わらない。俺がFランクの《過去視》しか持っていないという事実は、誰が何をしても変わらないのだから。
「頼っても、意味がないから」
ようやく絞り出した言葉に、朱音は目を見開いた。そして、ほんの少しだけ微笑む。
「天城くんって、本当に優しいんだね」
「……は?」
思わず間抜けな声を漏らしてしまった。その反応が予想外だったのか、朱音は少しだけ笑った。
「だって、誰にも迷惑をかけたくないから一人で抱え込んでるんでしょ?」
彼女の言葉が胸に刺さる。俺は無意識に拳を握りしめた。そんな大層な理由なんかじゃない。ただ、俺が弱いだけだ。頼れないのは、頼る資格すらないからだ。
「……違うよ。俺はただ、自分のことしか考えてないだけだ」
「そうかな」
朱音は少し考えるようにしてから続けた。
「じゃあ、せめて私が何か力になれないか、考えていいかな?」
その言葉に、俺は完全に言葉を失った。彼女の瞳に宿る真剣な光が眩しく感じられる。そんな言葉をかけられる資格なんて、俺には――
「ごめん、放っておいてくれ」
そう言い残して、俺は歩き出した。朱音は何か言いたげだったが、結局それ以上は何も言わなかった。
廊下を一人で歩きながら、俺はさっきの朱音の言葉を思い出していた。
(……優しい、か)
そんな評価をされることに慣れていないせいか、胸の奥が妙にざわつく。それが嬉しい感情なのか、悔しい感情なのか、自分でもわからなかった。
俺の視界に映るのは、いつもと変わらない灰色の廊下。それでも、どこかほんの少しだけ違って見えた気がした。
放課後、教室を出た俺は、いつものように校門を抜けて帰り道を歩いていた。夕方の空は薄暗い雲に覆われていて、風が冷たい。街灯が点き始めた住宅街を歩きながら、ふと足を止めて空を見上げた。
(……結局、今日も何も変わらなかったな)
魔法実技では嘲笑を浴び、授業では冷たい視線を受け、朱音の言葉にも素直になれず――。振り返ってみると、全てが無駄な努力だった気がしてくる。俺の存在は、クラスの誰にとっても「いないほうがマシ」なんだろう。
「……俺、何してんだろ」
小さく呟いたその声は、冷たい風に掻き消された。
街は静かだった。アスファルトの道路は車も人も少なく、遠くで犬の鳴き声が聞こえるくらいだ。だけど、その静けさがかえって不気味に思える。
そして――その瞬間。
「……何だ?」
足元のアスファルトが微かに揺れた。地震? そう思ったのも一瞬で、次には空が奇妙に歪んでいるのが目に入った。
空気がひび割れるような音が響き、視界の中に暗い裂け目が現れる。渦を巻く赤黒い光が、まるで空間そのものを飲み込むように広がっていく。
「ダンジョンゲート……!」
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