第三話「ゴミスキル《過去見》の価値」
「次!」
野島の声が響き渡る。教師にとってはこの一件など「授業の進行を遅らせる邪魔」でしかないのだろう。演習は何事もなかったかのように再開され、再び魔法の光と爆音がグラウンドを満たしていく。
その中で、俺は一人だけ完全に置き去りにされた感覚を味わっていた。
(……俺は何をしているんだ?)
周囲の誰も俺に期待などしていない。いや、それどころか、俺が「いないほうがいい」と思っている者のほうが多いだろう。それがわかっているからこそ、何も言えずにただ立ち尽くすしかなかった。
「天城、動けよ。邪魔なんだけど」
演習のために移動しようとした男子生徒が冷たく呟く。それをきっかけに、俺は慌ててその場を離れた。
グラウンドの端に戻り、周囲に気づかれないよう静かに息を吐く。立ち止まると、ようやく背中の痛みがじわじわと広がってくるのがわかった。さっきの突風のせいで背中を打ち付けた部分がじんじんと熱を帯びている。
(これが……俺の現実だ)
呟きたい言葉を飲み込み、震える手をポケットに突っ込んだ。その手の震えが止まることは、まだしばらくなかった。
グラウンドの片隅で静かに立っていると、遠くで聞こえる魔法の炸裂音が耳に響く。呪文を唱える声、標的が粉砕される音、そしてそれに続くクラスメイトたちの歓声。それらすべてが、俺とは無関係の世界の出来事のように感じられる。
ここは冒険者養成学校。その名の通り、将来ダンジョンに挑む冒険者たちを育てるための特別な学園だ。彼らが今日も目指しているのは、より強い魔法、より高いスキル、より優れたランク。そんな彼らにとって、このグラウンドで披露される魔法演習は、己の力を証明する格好の舞台だろう。
だが、俺にとってこの場所は、ただの「苦痛の象徴」でしかない。
(……ダンジョンゲートが現れたのは、30年前だっけ)
俺が生まれるずっと前の話。歴史の授業で繰り返し教えられたこの出来事は、人類の未来を大きく変えたとされている。ある日突然、空間に裂け目のようなものが現れ、その向こう側に「ダンジョン」と呼ばれる未知の領域が出現したのだ。
最初にそれが観測された時、世界は恐怖に包まれた。巨大なモンスターが次々とダンジョンから溢れ出し、街を襲い、人々を傷つけ、命を奪った。無防備だった人類はその脅威に成す術もなく、ただ怯えながら逃げ惑うしかなかった。
だが、それと同時に、人々の中に新たな変化が起こり始めた。ごく一部の者たちが、これまでに存在しなかった力――「魔法」に目覚めたのだ。
覚醒した者たちは、「冒険者ストレンジャー」と呼ばれるようになった。冒険者はそれぞれ特有のスキルを持ち、個々の能力を駆使してダンジョンに挑む。人類は、彼らを中心にしてダンジョン攻略を進めるようになった。
だが、ダンジョンはただの「冒険の場」ではない。そこには莫大な富が眠っている代わりに、命を奪う凶悪なモンスターが巣食い、さらに常識では計り知れないような異常現象が存在する。冒険者たちはその危険に挑みながら、アイテムや装備品を求めてダンジョンを進む。
ダンジョンの中では、ゲームのような「ウィンドウ」が浮かび上がり、アイテムの情報や冒険者のステータスが自動的に表示されることがある。例えば――
【紺碧の鎧】
種別:装備品/鎧
ランク:A++
ダンジョンボスがドロップする防御力の高い鎧。神の加護が付与されている。
【付与属性】耐性:火、風、水、土、闇、呪
こんな具合に、アイテムの詳細が表示され、時には冒険者たちの興奮を誘う。それは一攫千金の夢でもあり、生還をかけた命がけの賭けでもある。
冒険者のスキルとランク、クラスによってダンジョン攻略の方法は異なる。戦闘向きのスキルを持つ「ファイター」、魔法攻撃に特化した「メイジ」、味方を癒やす「ヒーラー」など、役割分担は細かく設定され、冒険者たちはそのスキルを磨きながらチームを組んで戦う。
そのすべての基礎を学ぶのが、この冒険者養成学校だ。ここで優秀な成績を収めた者だけが、一流の冒険者としてギルドに所属し、正式にダンジョン攻略へ挑むことができる。
だが、そんな夢と希望に溢れる場でも、俺のような存在は端に追いやられるしかない。俺に与えられたスキルは《過去視》。わずか1秒前の過去を視るだけの、戦闘では何の役にも立たない能力だ。
(……俺にとって、この世界は何の意味があるんだろうな)
心の中でそう呟いても、誰かに聞かれることはない。グラウンドの中央で輝いているクラスメイトたちは、俺の存在に気づきもしないだろう。
グラウンドの片隅で静かに立っていると、遠くで聞こえる魔法の炸裂音が耳に響く。呪文を唱える声、標的が粉砕される音、そしてそれに続くクラスメイトたちの歓声。それらすべてが、俺には無関係の世界の出来事のように感じられる。
この冒険者養成学校には未来の冒険者――《ストレンジャー》たちが集い、ダンジョンに挑む力を磨いている。だが、そのランクはBまでに限られている。Aランクやそれ以上の存在は、すでにギルドに所属して第一線で活躍しているからだ。
クラスメイトの多くはBランクやCランク。時折Dランクもいるが、彼らもまた「スキルを活かして戦える」だけの自信を持っている。そんな中で、Fランク――俺の存在はただの異物だった。
俺のスキル《過去視》。1秒前の過去を「視る」だけの力だ。
戦闘で役に立つ? そんなわけがない。敵の攻撃を受けた後で「今の一撃、こう来たんだな」と分かったところで何になる。戦術のために過去を振り返る? 1秒の情報で何を考えろと言うんだ。
それでも入学した直後、俺は諦めなかった。スキルの応用方法を模索し、戦闘シミュレーションを何度も繰り返した。1秒の情報を瞬時に分析し、次の動作に活かす。そんな方法を自分なりに考えた。
だが、結論はいつも同じだった。どれだけ頑張っても、このスキルは「戦いの役には立たない」。それがわかって以来、俺は努力を続ける意味を見失った。
「天城、また、邪魔」
クラスメイトの冷たい声が現実に引き戻した。俺が立っていた場所が次の演習で使われるスペースだったらしい。慌てて場所を移動する。その背中に、また別のクラスメイトの小さな笑い声が突き刺さる。
「やっぱりFランクは授業でも足手まといだな」
その言葉に足が止まりそうになるが、振り返ることはしなかった。悔しさを飲み込み、ただ歩き続ける。それ以外にできることがなかった。
俺の頭を支配しているのは、家族を失った一年前の記憶だ。
スタンピード――ダンジョンゲートから溢れ出したモンスターの群れが街を襲撃した、最悪の事件。街全体がパニックに陥り、冒険者たちが総出でモンスターを迎え撃った。だが、父も母も姉も、そこに巻き込まれて命を落とした。
俺はその場にいた。ただ、何もできずに、ただ逃げることしかできなかった。そして、気づけば俺だけが生き残っていた。
何も守れず、何の力も発揮できないまま。
(こんな力を持っているくらいなら、何も持たないほうがよかったのかもしれない)
心の奥で湧き上がる虚無感。それを打ち消すように拳を握りしめる。俺は、家族のように強い冒険者になりたかった。それが、家族を失った俺が唯一自分に課した「使命」だった。
だが、この《過去視》でどうやってその使命を果たせというのか。
クラスメイトたちの声が再び耳に入る。Bランクの生徒が、遠くの標的に見事な魔法を叩き込む。教師の野島が「見事だ」と声を上げ、周囲の生徒たちが歓声を上げて拍手を送る。
その光景を見て、俺はそっと視線を足元に向けた。
(……俺には、無理だ)
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