第二話「魔法の壁と無力な拳」
「おい、天城、反応が薄いぞ」
さらに間近から城戸の声が耳に飛び込んでくる。その声は、挑発に乗れと言わんばかりの響きを帯びていた。
「どうした? やっぱりビビってるのか? それとも本当に何もできないって自覚してるのか?」
言葉の一つ一つが胸を刺すようだった。周囲の取り巻きたちは笑い声を上げ、次第に調子づいてくる。
「天城の家族ってさ、全員冒険者だったんだろ?」
突然、城戸の声の調子が変わった。その言葉に、俺の体が反射的に硬直する。
「たしかさ、全滅したって聞いたけど……本当の話か?」
「……っ!」
耳の奥で、何かが弾けるような感覚がした。
「モンスターにやられて、全員お陀仏だってさ。まあ、しょうがねえよな。お前みたいな息子を育てたのが運の尽き――」
その瞬間、俺の手が城戸の胸ぐらを掴んでいた。
城戸の顔が驚きに染まる。その周囲で、取り巻きたちの笑い声が一瞬止まった。俺の手が震えているのが自分でもわかる。それでも、この瞬間だけは何かを変えたいという衝動が全身を支配していた。
「いい加減にしろ……!」
声が喉から絞り出される。それと同時に、俺は右手を振り上げ、全力で城戸の顔を殴りつけようとした。
だが――
「《マジック・シールド》!」
城戸が呟くと同時に、彼の前に薄い青白い膜が現れた。俺の拳がその膜に触れると、バチッという音と共に激しい衝撃が手の甲を駆け抜ける。
「っ……!」
思わず拳を引っ込めた俺の目の前で、城戸は冷たい笑みを浮かべていた。
「おいおい、手を出すなら相手を見ろよな、Fランクさんよ。」
その言葉に取り巻きたちが一斉に笑い声を上げる。
「これぐらいの防御魔法、Cランク以上なら誰でも使えるって知ってるだろ? あ、もしかして、知らなかった?」
城戸がそう言いながら肩をすくめると、取り巻きたちの笑い声がさらに大きくなった。俺は唇を噛みしめながら、拳を握り直す。だが、次の瞬間、城戸の指先がわずかに輝くのが見えた。
「仕返しだ。お前にふさわしい程度の力でな――《ウィンド・ブラスト》!」
突風が俺の身体を襲った。全身に叩きつけるような風圧を受け、俺は吹き飛ばされる。地面に背中を打ちつけられ、土埃が舞い上がる。頭の中で鈍い痛みが響き、視界がぐらついた。
「……何やってんだよ、天城」
城戸が俺を見下ろしていた。軽蔑と嘲笑がその表情にはっきりと浮かんでいる。取り巻きたちもそれを真似て笑っているのが見えた。
「お前、本気で俺に勝てると思ったのか? それとも、何か根拠でもあったのか?」
嘲るような声が耳に刺さる。俺は地面に倒れたまま、拳を握り締めた。何か言い返そうとしても、体中から力が抜けていくのを感じる。
「いや、まあ、根拠がないよな。Fランクの《過去視》で、何ができるってんだよ?」
城戸は肩をすくめながら、一層大きな声で取り巻きたちに呼びかけた。
「なあ、みんな! こいつさ、今の攻撃が『1秒あとで視えた』とか言うんじゃねえの?」
「ぎゃははは! あとで視えたからなんだっつーんだよ! それで避けられてねーんだから、意味ねえよな!」
取り巻きたちがまた大きな声で笑い始める。周囲の視線が俺に集中するのを感じたが、俺にはもう何もできなかった。
「おい城戸! 何をやってるんだ!」
突風の余韻がまだ残る中、教師の野島が怒鳴り声を上げながら駆け寄ってきた。その鋭い声は、グラウンド全体に響き渡り、周囲の生徒たちのざわつきを一瞬で凍らせた。
「対人魔法は禁止だと何度言えばわかる!」
野島の声には怒りが滲んでいる。グラウンドの中央で、余裕を崩さない表情の城戸とは対照的だった。野島の険しい顔には、単なる規律違反ではなく、明らかな苛立ちが浮かんでいた。
「すみません、先生。ちょっとバランス崩しちゃって……」
城戸は、全く悪びれた様子もなくそう言い訳をした。言葉の軽さとは裏腹に、その口元にはわずかな笑みが残っている。彼の言い訳を信じる者など、この場にはいないだろう。それでも、野島は深く追及しようとはしなかった。
「……天城。お前も挑発に乗るな」
野島の視線が今度は俺に向けられる。その目は冷たく、呆れたような光を宿している。
「授業中にトラブルを起こすなよ。お前のせいで進行が止まるんだ」
(俺の……せい?)
胸の奥が、何かに握りつぶされるような感覚に襲われた。挑発され、侮辱され、そして一方的に吹き飛ばされた俺が、なぜここまで責められるのか。それを言い返す気力すら、今の俺には残っていなかった。
周囲の生徒たちの視線が痛いほど突き刺さる。それは同情ではなく、ただの無関心に近い冷たい視線だ。「どうせ天城が悪い」と言わんばかりの雰囲気が漂っている。
地面に倒れたままの俺のそばを歩き去る生徒たち。その誰もが口を閉ざし、目を合わせようとしない。それが余計に孤独感を強くする。
(……結局、俺が悪いことになってる)
ゆっくりと立ち上がりながら、泥まみれになった服を払う。拳はまだ震えていたが、それが怒りによるものなのか、それとも悔しさによるものなのか、自分でもわからなかった。
「よかったな、Fラン君。先生が助けてくれて」
グラウンドの中央に戻った城戸が、遠くからこちらを見ていた。言葉には嫌味が滲んでいる。彼にとって、この一件は「大した問題ではない」のだろう。それどころか、むしろこの状況すら楽しんでいるのかもしれない。
「……」
俺は何も言わず、俯いたまま拳を握りしめた。城戸にとって俺の反応などどうでもいいことだとわかっていても、悔しさだけが胸の中を渦巻いていた。
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