昏睡状態のクズリをトランクに放り込み、道を塞いでいたトラックをどかすと、俺はシャチとともにセダンで出発した。


「間に合うかな」


「余裕、余裕。こっちの方が近いからな。反対側へ行ったミズキは遠回りになっちまう。鉢合わせするまでに俺たちは二〇分、あっちは一時間以上かかるだろ」


 俺の屋敷の前を通る一本道は長い環状になっている。そして、この環状の一本道から抜け出す分岐点までは、俺たちの進む方向、つまり館から出て左方向から行けば二〇分足らずで到着するのだが、ミズキが進んだ方向、館から出て右方向からでは一時間以上かかるのだ。


「けど、あの男の人と戦ってる間に二〇分くらいロスしたじゃん。逃げられるかもよ? てかあの男の人、何?」


「名前はクズリだ。昔、俺が使っていた玩具だよ。半グレの構成員だった。ちょっと壊してやったら逆恨みされてな」


 俺はバックミラーをちらりと見遣る。トランクの中に昏睡状態で転がっているクズリの姿を思い浮かべるだけで心がはずんだ。


「クズリをどう使うの?」


「ミズキにあいつを始末してもらう。自分のケツは自分で拭いてもらわなきゃな」


「どういうこと?」


「クズリをここに招いたのはミズキだ。あの女、探偵事務所を使って俺に恨みを持った人間を探していたらしい。警備が手薄になる今日、クズリをけしかけて俺を刺しに来たわけだ。本当にいい女だ、ぞくぞくするぜ」


「ふーん。その後ミズキさんをどうするの?」


「取り敢えず、金を稼がせてからゆっくり壊すかな。ああいう女は壊し甲斐がある」


 秋の夕方、か細い雨足がしとしとと車のボディをたたく。スピーカーからは、ショスタコーヴィチの交響曲第五番の三楽章が静かに流れていた。シャチは腕組みをして目の前をじっと見つめていた。


「どうした?」


「別に」


 俺は小さくため息をついた。何かが気に入らないらしい。中学生になったあたりから、息子は何を考えているのかわからなくなった。今では理解しようとする努力すらしていない。


「お、着いたぞ」


 目的地へ着くと、俺は車を停めた。レインコートを着てからトランクから昏睡状態のクズリを引っ張り出す。クズリの身体を背負い、道の脇、その際まで生い茂る深い木立こだちの中に身を潜めた。

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