玄関ホールの床と壁は大理石で仕上げられ、上品な白い輝きを放っていた。床には赤色の絨毯が敷かれ、天井はシンプルながらも品の良いモールディングによって装飾されている。豪邸と言って差し支えない、豪奢ごうしゃな内装だ。にもかかわらず、そこには異様な雰囲気が漂っていた。


剥製はくせいですか」


 虎、ライオン、孔雀、大鷲。種々の動物たちがガラスケースに入れられ、微動だにせずこちらを見つめていた。


「良いだろ、息子のコレクションだ。これ全部、息子一人で作ったんだぜ。大したもんだ」


 私は一つの噂を思い出した。タイガは人間の剥製を自宅に置いているというものだ。気に入った人間を殺して剥製にしているということだった。出鱈目でたらめな下らない噂だ。胸の内でそう呟き、私はその噂を頭の中から振り払った。


「不気味です」

「お世辞の一つくらい言えよ、愛想ねえな」


 タイガは階段へと進み、私はその後を追う。


「父さん、その方が今日のお客さん?」


 踊り場に上がると、若い男の声が頭上から降ってきた。驚いて階上を見上げると、二階の手すりにもたれかかった長身痩躯ちょうしんそうくの男と目が合った。私はタイガへ視線を戻し、睨みつけた。


「話が違います。私とタイガさん一対一で会うという話でしたよね」

「あー悪い悪い、さっき言った、剥製が趣味の息子だ。大目に見てくれ」


 私は階上の男に視線を戻した。男は長めの黒髪に、眼鏡をかけ、今時見ないような古風な学ランを着ていた。彫りの深い顔立ちと白く滑らかな肌、そして俳優のようなスタイルの良さが相まって、男を魅力的に見せていた。


「シャチ、お前の言う通り、こいつが今日の客だ。ミズキっていうんだ。なかなか良い女だろ」

「うん、綺麗な人だね」


 シャチと呼ばれた男の言葉には嫌味な響きが無かった。純粋に、彼の感想をそのまま淡々と口にしたような口調だった。


「はじめましてミズキさん。タイガの息子のシャチです。高校二年生です」

「ミズキ、この可愛い顔に騙されんなよ。こいつは俺に似て結構な悪党だからな。無免許運転、未成年飲酒、窃盗、強盗、何でもござれだ」

「父さん、うるさいよ」


 タイガと会話している間も、シャチの視線はずっと私に向けられていた。私はその視線を受け止め、睨み返した。


「ふふ、いいね。強気で綺麗な人は好きだよ」


 シャチはにこりと笑うと、ゆっくりと階段を降り始めた。


「ミズキさん、また会おうね」


 すれ違いざまにそう言い置いて、シャチは去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る