冬の寒さと人生不幸話
風鳴 ホロン
冬の寒さと人生不幸話
カラスの鳴く声が、響く夕暮れ時。冬になると、本当に日が暮れるのが早いものだ。仕事もやっと長期休みに入ったところだが、帰える場所が俺にはない。今まで、100連勤で働くのが当たり前だった職場だ。いつもは、仕事場で寝泊まりしていた。そう、職場に住み着いていたといっても過言ではない。そのため、家を借りていたのを辞め、実家に荷物を移したのはいいものの、まったく帰ることはなかった。食事は、コンビニか外食が当たり前、栄養のバランスなど、知ったこっちゃない。そんな、ブラック企業でも、冬の長期休みだけはしっかりしていて、職場から追い出されてしまった。また、1月の中盤になったら、居座ることができるだろうが、それまでホームレスとして過ごさなければならない。実家はもう、弟が結婚して子供までできて、両親と暮らしているため、合わせる顔がない。いや、顔を合わせることができない。といってもいいだろう。
だが、足は懐かしい道をたどり、母校の近くまで歩いてきてしまった。立ち止まって、白い息を吹くと少し後悔する。どこかで時間を潰そうと思った時、思い出した。この学校の近くには線路をまたいだ歩道橋があって、そこからの夕日がとてもきれいだったことを。あの頃は毎日あの夕日を見て、家に帰っていたっけ。そういえば今日はクリスマスだ。そう自分の重い足を動かし、きれいな夕日でも見ようと、歩道橋の階段を一段一段上がっていく。この地域は、過疎化が深刻化していて、周りに住んでいるのも、老人ばかりだ。そのため、この急な階段を使おうとする人は誰もおらず、俺は人のいない階段を思い出をたどりながら登っていく。ずいぶんと錆びついたもんだ、あの頃とはもう違う現実が心に刺さる。歳のせいだろうか、息が上がってきている、あと一歩、あと一歩、そう思い思い足を持ち上げ、顔を上げると大きな美しい夕日が眼に飛び込む。
(あぁ、あの頃となんにも変わっていないや。)
先ほどとは反対のことを思い、そして、今の生活に絶望する。いつの間にか、歩道橋の手すりに手をかけ、乗り越えようとしている自分。何をやっているんだ。と自身でも感じながらも、身体を外側に移動し、歩道橋の手すりをつかみながら、身を乗り出した。
(あぁ、とても自由だ)そう心から感じた。
「何しているんですか?」
いきなり声をかけられたものだから、危うく歩道橋から落ちるところだった。目の名には見覚えのおる制服をきた少女が立っている。声をかけたのは、彼女らしい。長い髪を三つ編みにして、ハーフアップでまとめている。首に巻かれた赤いマフラーはクリスマスを感じさせる。スカートから出ている足が寒そうだ。俺は、すぐに自分が自殺者に見えていることに気づき、どう今の気持ちを言い表そうかと思い、咄嗟に。
「昔、そこの中学校に通ってて、もう三十年近く前のことだけど…。その時男子の間で、意地比べで歩道橋から乗り出す遊びが流行ったんだ。少し、懐かしくてね。」
なんて、言ってしまった。いや、俺は何を言っているんだと、自分で自分を責める。後悔はもう遅い、発した言葉は彼女に届いてしまっている。
「死ぬんですか?やめたほうがいいと思いますけど。だって、何の徳もないじゃないですか。あ、でも、死ぬという決意が固いなら、止めませんよ。」
この子も、この子で、何を言っているんだ。まぁ、確かに死んだほうがマシだと、思ったことはあった。でも、過去の話だ。今は死にたいなんて、1ミリも思っていない。早くこの子を追い払わなければ
「死なないよ。そういえば君、こんな時間に何やってるの?早く家に帰りなよ」
「こんな時間って、まだ四時半ですよ。腕時計も持ってないんですか。」
こんなことを年下に言われるとは、プライドも何も無い。俺はどうしたものかと思っていると、彼女は自分の持っている荷物やらを歩道橋の隅のほうにの置くと、俺と同じように歩道橋から身を乗り出した。急いで俺は支えようとする。
「何やってるの?!早く、戻りなよ。自殺はダメなんでしょ。ほら、早く」
「私は死ぬ覚悟が決まっているのでいいんです。」
「まだ、君には未来があるんだから、早く。こんな、おっさんなんかと違ってさ。」
「周りの人は全員そう言いますよね?あなたはそう言って、今生きている未来は、昔に思い描いたような楽しいものでしたか?違うでしょ。私はやるしかないんです。」
俺は泣き散らされるのだと思った。だが、そう言って振り向いた彼女の顔はどこか、諦めたような、寂しそうな顔だった。だから、言ってしまったんだ。
「君と俺とじゃ、過ごしてる環境が違うからな。俺は環境がひどすぎた。だから、今とても不幸者だと言われるんだ。君は、きっと幸せになるはずだよ。」
「じゃあ、私よりも不幸な経験をしているのなら、辞めてあげます。絶対、あなたには勝てる自身がありますので、そんなヘラヘラした生き方をずっとしてきたようなあなたには必ず。」
何を言っているんだ。さっきから、ありえないことばかりが起きている。それに、なぜここで反発されるんだ。この子は、そんなに人生に絶望しているのか。だけど、俺にはこの子に自殺を辞めてもらいたいという気持ちが強くある。なぜかは分からないが、それなら仕方ないと勝手に自分で納得し、
「じゃあ、聞けよ。あまりに、ひどかったとか言って、後悔しても知らないからな。」
そう言って、冷たくなっていく空気を飲み込む。日はもう大きく傾き始めていた。
「俺は、君と同じくらいの時は、将来恋愛でもして、安定した給料をとって、温かい家族を作るのが人生の目標だったんだ。俺の親は今で言う「毒親」と言われる部類にいたと思う。出来の良い、弟ばかりを可愛がって、俺にはなんにもしてはくれなかった。今日みたいなクリスマス、誕生日なんかのプレゼントももらったことはなかった。」
「へぇ〜。それだけですか?プレゼントがないくらいで不幸だと言えるんですか。くれたとしても、一時の相手の自己満足かも知れないのに。」
「そう言うなら、お前はプレゼントをもらってないのか?もらったあるやつが言える言葉だよ。俺の周りにはクリスマスで、ゲーム機が流行っててな。中学生になっても、やり続けるやつはいたんだ。少なからずな。それで、周りのクラスメイトたちが集まってくる。それでグループの出来上がりだ。ゲーム機を持ってない俺なんか眼中にないって感じで。
もちろん持ってない人もいたから、俺の中学の青春は、そいつらと過ごしていたかな。もう、連絡も取ってないけど。」
「へぇ~。時代の差ですね。今はスマホを持っているのが当たり前。インスタグラムとかで、フォロワーとかの数を競って、少ないと馬鹿にされる。化粧じみたことを、やるのもザラにある。こんな社会になってますよ。あ、でも、実際はそんなに変わらないのか。」
「なんだよ、イスタグラムって。分からないことをばかりの言葉で困っているんだが。」
「インスタグラムです。スマホを持ってるなら、大体の人は入れてる…いや、今の言葉は撤回します。」
「スマホって、今の俺はガラケーだからな。そんなの知るはずがないだろう。」
「ガラケー!?嘘だ。え〜。初めてみたかも、まだ、ガラケー使っている人。不便じゃないんですか。」
わざとだろうか、やけに大きく見開かれた目が俺を嘲笑うように見てくる。
「買い替える暇もないからな。ほら、俺は結構不幸者だろ、こんな、環境だったから、今もこんな環境だから、俺は不幸者になってしまったんだ。」
「どんだけ多忙なんですか。それとも、私は今頑張って働いていますアピールですか。働けば偉い人間、必ず出世出来るとは限らないのに。まさか、良く漫画とかで見るパワハラ上司がいて、50連勤が当たり前〜。みたいな会社で働いているんですか?」
これまた、冗談のように笑い始めるので、つい言ってしまった。俺の地獄の100連勤を聞くが良い。
「あぁ、そうだよ!詳しくは100連勤が当たり前で、仕事場を住処にしてたら、夏にはなかった長期休暇というもので、帰る場所がなくなった、ただの、おっさんだよ。俺は。嫁とも二十代後半の時に別れたしな。本当に、俺はダメな奴なんだ。こんな奴だけにはならないようにな。」
ジョークを言ったはずなのに、何にも反応しない彼女を見て、自分は何を言っているんだと後悔したが、彼女はまったく気に留めなかったようで、ただ一言つぶやくように
「ふ〜ん。おじさんも大変なんだ。やっぱ、現実は、難しいな。」と、言った気がした。
どんどん日は傾いていき、ずっと重心を支えている俺の腕はプルプルと震えだしてきた。
彼女は、先ほどつぶやいてから、特になんにも話さなくなってしまった。俺は未来がどれほど明るいものかを教えたかったのに、ブラックなことしか教えてないではないかと、後悔していた。
「俺はこんなんだけど、君にはまだ、たくさんの選択肢がある。高校、大学、就職。間違った道は一つもないんだ。ただ、自分がどう感じるかなんだ。俺はこのように社畜だが、後悔はしていない。」
そうだ。改めて、俺は思う。この仕事を辞めたいとは思ったことはない。連勤で、ブラックなことには抵抗はあるが、この仕事を誇りに思っている。
自分の気持ちに気づき、はっとしている心をかき消すように、彼女は叫んだ。
「じゃあ、おじさんは、毎日学校に行っても無視し続けられて、その理由は母親の再婚で、でも、自分の母親は恋人ができてから、楽しそうに笑えるようになってきたら、どうします?」
唐突にどんどん早口になっていく口調についていけなかったのと、いきなり叫びだして、唐突に話しを始めたので、返事ができなかった。いや、今は必要ないと思った。
「うちのお父さんは私が生まれる前に死んじゃって、事故だったて、それからお母さんは、私を育てるために毎日身を削って働いてくれて、でも、お母さんも疲れてきちゃって、どんどんやつれていって。でも、最近パートの所で知り合った、何歳も年下の人と、恋に落ちて、少しずつ笑顔も戻ってきたんです。」
「よかったじゃないか。何で、不幸せだと思うの?これから、3人で仲良く暮らそうと思うべきじゃないか。」
そして、今咄嗟に相打ちを打ったことにすぐに後悔する。この後悔は、当たっていたようだ。すぐに彼女は、反論に入る。
「『べき』って言葉は嫌いです。何かを強制されているみたいで。わたしの気持ちなんて考えていない。お母さんも、あの男もきっと、わたしのことなんて考えていないんですよ。クリスマスは、2人で出かける予定を立ててるし、私のことなんてどうでもいいんです。学校では、お母さんが男の人と2人でいるの見られちゃって、こんな田舎だからすぐ広まっちゃって、年が離れすぎてるいるだの、こんな年になってはしたないだの近所で叩かれまくってて、それが私にも飛び火してきて、友達と思ってた人が、みんなお母さんの悪口に同意してて…。」
彼女は、どんどん早口になっていき、ついには大粒の涙がこぼれるようになった。涙は夕日に反射してゆっくりと垂れていく。早い呼吸音が、俺の耳に入る。大きな大粒の涙が、下の線路へ、早送りの映像ように落ちていく。次第に、少し落ち着こうと、彼女自身も思っているのか、少しづつ呼吸が安定してくる。
「そして、学校でも変な噂流されちゃって、もう、どうでもよくなって、お母さんも私が死んでも悲しまないんだろうな、なんて考えちゃって、そんな事も知らないで、今日あの男とあんな話があったとか、なかったとか。私の気持ちも考えないで、普通に、笑えてて、やっぱ、私は居なくてもいいんだなんてわけのわからないこと考え始めて、誰も私の気持ちを理解してくれない。もう、も…」
[ブルルー。プルルー。プルルー。]
彼女の話を遮ったのは電子音だった。俺はすぐに自分のガラケーを確認したが、設定した音ではなかったので、自分ではないことがわかった。よく耳を澄ますと、彼女の荷物の方から着信音が聞こえた。彼女はハッとしたと同時に、急いで歩道橋の手すりを乗り越え、かばんの中から、四角い板のような機械を取り出す。あれがスマホというものだろうか。
素早い操作で、機械を耳に当てる際、
「雪?どこにいるの。早く帰ってきなさい。」
という、焦りながらもとてもよく通るきれいな声が聞こえた。名前の欄には【お母さん】と表示されている。彼女の声とは違う。雪?さんは、泣いているのがバレないように、「うん。」とか、「はい。」とか短い言葉を発して、電話を切った。俺はすかさず、手すりを乗り越える。
「何が、誰も分かってくれないだ。当たり前なんだよ。人はみんな同じじゃないんだから、理解できないことと、理解できることがあるのは当たり前だ。それに、全てを理解できる人がいたら、それは恐ろしいことだ。だって、その人は、理解するふりをして、俺たちを誘導しているかもしれない。何もかも、理解されたとき、雪はその人の判断に頼るのが当たり前になってしまうかもしれない。そんな、人は人間らしい生き方じゃない。俺たちは、自由だ。何をしようが、誰と生きようが、全て自由。もちろん、どこで死ぬかも。ただ、そんな自由を与えられるのは生きているときだけなことを忘れるな。」
「雪って、なんで名前知ってるの?それに呼び捨てキモい。」
「さっき、いい声の人が教えてくれたからな。キモいって年上に失礼だ。早めに直したほうがいいぞ。それと、これは俺のわがままだが、その声の人に、こう言ってほしい。に……………………。って。」
「良いけど、なんで、そんなことを言うの。わからないよ。」
そう、わからなくて良いんだ。あぁ、なんで今日に限ってここに来てしまったのだろう。後悔している。もっと、準備を整えてくるべきだった。髭だって剃るべきだった。
「それと、雪。お前はいい人だから、強く生きてくれ、そして、いろいろな世界を見てくれ。真実は、時計の中に入っているから。それじゃあな。早く帰りな。お前には待っている人がいるんだから、ここに居ちゃだめだ。」
そう言って、俺は彼女を反対側の歩道橋の階段の方へと無理やり押す。彼女は抵抗して、セクハラとか何とか言っていたが、身長差がある俺に勝てるはずもなく、呆気なく隅に追いやられた。最後に俺は彼女が最後まで階段を降りるのを見送ると、上から大きく手を振った。彼女は一度は振り返ったが、もうどうでもよくなったのか、俺がいると自殺はできないと諦めたのか、大人しく帰っていった。実際、あの人生不幸自慢話の勝敗は決められていないが、俺はそれでいいと思った。雪は俺の人生の半分生きたぐらいなのだから、比べてしまっては良くない。そう思い背中を向け、俺も帰ることにした。帰る家はないが。日は傾いているはずなのに、やけにまぶしく感じた。あぁ、そうか。俺にもとうとう、来たのか。
[RRRRRRRRRRRRRRR]
俺のガラケーが鳴り出す。急いで出ると、
「安藤。早速だが、新入りが来てな。急いで対応してほしい。」
「すみません部長。いけません。ついに、俺にもお迎えがきました。先に逝きます。」
大丈夫。俺には心残りは何にもない。ただ、あの子には遅く会いたいものだ。俺は、光中に走り出した。
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最後まで読んでくださり、ありがとうございます。本作は、冬至を記念して投稿させていただきました。もちろん、続きはありますので今後投稿する予定です。寒い冬ですが、少しでも心温まる作品になっていると感じていただけたら光栄です。
また、気を付けてはおりますが、誤字脱字、文章的に違和感を覚える箇所などがありましたら教えていただけるとうれしいです。
冬の寒さと人生不幸話 風鳴 ホロン @Holon
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