大阪への転勤準備のため横浜に出たら、スカートの短い金髪JKに逢った

若菜未来

第1話 やたらとスカートの短い金髪JKに逢った


 七月下旬。

 灼熱の太陽が照り付けるなか、誰も俺なんて見てやしないとばかりセットも無し、目に前髪がかかるボサ髪のまま電車に揺られること二十分弱で横浜駅へと辿り着く。


「(気持ちわりぃ……)」


 吐き気を覚えつつ構内をトボトボと歩き始める。


 ちなみに昨日は三ヶ月にも及んだ新人研修の最終日。

 来週から大阪本社にひとり配属となる俺を送りだそうと同期の連中が一席設けてくれたまでは良かったが、 久々に学生ノリで調子に乗った感は否めない。


 そんな劣悪なコンディションにも関わらず、なぜいそいそと街まで繰り出したかのと言えばその理由がまたバツの悪い。

 というのも転勤先となる大阪での住処すみかは当然契約済みだ決めてあるが、ベッドにエアコン、冷蔵庫の他は何もまだ買い揃えていないという、一年目とはいえ社会人として恥ずべきていたらく振りである。


 極めつけ、今朝キャリーケースすら持っていなかった事実ことが発覚し(厳密には持っていたが割れていた)……。

 日曜明日は移動日だからと、面倒ではあるもののついでに最低限の日用雑貨共々揃えようと重い腰を上げたという訳だ。


 まあそんな感じ、駅構内の階段を気怠げにのぼっていたところ、数段ほど前(上?)を歩くJKがふと視界の上端に入った。


 背中辺りまで伸びるくすみを帯びたさらさらの金髪にホワイトグレーのキャップを被りまるでモデルのようなスタイルの良さで、やたらと短いブレザーのチェックスカートから白く透き通るような太ももを惜しげもなく披露している。


 中、見えちまうぞ。


 ……別に見たくねえけど。そんな一応の言い訳を挟み補足を付けつつチラリ目線を上にるも、計算づくなのかこれが絶妙に見えそうで見えないという……。


 どうせ黒パン見せパンだろ。軽い負け惜しみと共に所在無げ視線を下に戻したところ、今度は視界の端、その娘がふらふらと少しだけ左右に揺れたような気がした。


 ……ちょっとマズいんじゃないのか!?


 まさかとは思ったものの、やらぬ後悔よりやる後悔。一歩遅ければ手遅れとばかりに即決するや、数段飛ばし階段を駆けのぼりそのの両肩に触れるか触れないか程度にそっと手を添えてやる。


「大丈夫か?」


 思った以上の華奢な、なのに柔らかな指触りに内心で驚きの声を挙げつつ、声を掛けられた側のJKはハッと目を醒ましたかのように大きな目をぱちぱちとまたたかせる。


 そんな彼女に俺も少しの間、目を離せないでいた。


 後ろ姿から勝手にガチガチのギャルを予想してたのに、思いのほか以上に薄メイクな上、睫毛もナチュラルに長くて。くっきりと二重の目は一見強気そうなのにどうして理知的にも映る不思議な魅力を持ち併せていた。


「私……。もしかして今フラついてました?」


 自分でも無意識だったらしい。

 なら助けて良かったんだろうと安堵する。


 と、いまだ彼女の肩に手を添えたまんまだったことに気付き、さっと手を離した。


「悪いっ。言っとくけど痴漢じゃねえから」


 どんな理由であれ、二十歳はたちを超えた成人オッサンが用もなくJKにお触りだなんて少なくともこの世界線ではNGだ。


 なににせよ多分もう覚醒したようだし大丈夫だろ。

 「気を付けろよ」と軽く声をかけると俺は逃げるように二段飛ばし、また階段を駆けのぼった。





 さっきのあいつ、あのあと大丈夫だったろうか。


 気になるのは可愛かったから、じゃないはず。

 妙な感情の入り混じる自分を諭しつつ、それより今は本題だ。まずはキャリーケースから探そうと構内の壁に背を預けスマホで店の検索を掛けてみる。


「あのっ」


 掛けられた声に視線を上げると、さっきのJKだった。

 走って来たんだろうか。彼女は両揃えに折った膝に手を乗せ少し息を切らしていた。


 そして相変わらずのスカート丈。白く眩しい太ももにひょいと顔を覗かせた煩悩をぐいと抑え込む。

 

「さっきはありがとうございました」 


 ふぅっと一息吐き出して呼吸を整えると、その派手な容姿に似合わず丁寧に腰を折るJK。そうかと思えば、今度は艶やかな唇をツンと尖らせてくる。


「というか、お兄さん歩くの早過ぎ。お礼を言う間もなく行っちゃうんですもん」


「いや、別に礼を言われるほどのことでもないと思ったからさ」


 大勢の人が行き交う構内。

 通行の邪魔になると思ったのか金髪JKは俺の隣りに並ぶようにすっと背を壁に預けるとその小さな顔をこちらに向けてくる。


 とよく分からないうち、どうやら会話をするターンに入ってしまったらしい。

 まあわざわざ逃げるのもなんだしな。そう思い彼女に話しかけることにする。


「熱中症か? 急にふらつくからびっくりしたぜ」


「いえ、多分寝不足だと思います。ちょっと疲れてたのかも」


 と、何やら違和感を感じたのかJKは「ん?」とすらり通った鼻筋を軽く摘まむ仕草を見せると「お酒の臭い?」と整った眉根を寄せる。俺は苦笑いで返した。


「昨日飲み過ぎたからな。悪い、前向いて喋るわ」


「いえ、そうだと分かれば気になりません。強いんですか? お酒」


「え? まあ、ほどほどじゃねえの? つうか、なんでそんなこと聞くんだよ」


「お父さんもよく同じ匂いがしてて。自分で『俺は酒が強い~』なんてよく言ってるので、同じなのかなぁと思って」


「へぇ」


 いったい何の話をしてんだか。

 まあ改めて礼も言えたわけだし彼女も満足したことだろう。そう思い、俺はよっと壁から背を離す。


「じゃあ行くわ。またふらつかないように気を付けろよ」


「え、もう行っちゃうんですか?」


「なに? まだ用でもあるのか?」


「いえ、ただ言葉だけじゃなく、きちんと御礼くらいはしたいかなぁと」


 見かけに拠らず教育のき届いたことで。

 まあ感心はするものの、こっちも社会人の端くれ。親御さんからならともかく高校生から言葉以外の御礼を受けるなど出来ようはずもない。


「気にすんな。じゃあな」


 言うやひょいと手を挙げ立ち去ろうとしたのだが……、今度は「ぐぅ~」と腹の鳴る音にピタリと足を止められる。


 振り向くとJKが恥ずかしそうに腹を押さえながら俺を見ていた。


 なんつうか、多分そのさまがひと回り歳の離れた妹に重なったんだと思う。


 別にナンパとかじゃなく……、それに時間も無いわけじゃないしな。

 元はと言えばあっちから声を掛けてきたんだ。


 そんな言い訳を挟み、俺は声を掛ける。


「俺もちょうど腹減っててさ。もし時間があるなら軽くめしでも行くか?」


 一方のJKは少しだけバツの悪そうな、だけど嬉しさも入り混じるような複雑な表情かおで少しだけ逡巡する様子を見せたものの、最後はこくりと頷いた。


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大阪への転勤準備のため横浜に出たら、スカートの短い金髪JKに逢った 若菜未来 @wakanamirai

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