第三章 四話
その日、朝から朝廷は大騒ぎだった。
何とほぼ百年振りに、
「南の
「
右大臣
勉強したことを
「申し上げます。五雲国よりの正使は女東宮への
深雪が顔を顰める。
「そのようなこと出来るはずが無かろう」
「仰せの通り。大宰府でもそのように申し伝えた所、せめて
榠樝は頭を抱えた。
ただでさえ手一杯の所へ狙い澄ましたように、とんでもない手を放り込んできた。
「摂政、私が会う訳にはいかぬ」
そのくらいはわかっていたか、とでも言いたげな深雪だが、勿論口には出さずに頷いた。
「仰せの通り。仮に親書を受け取るにしろ、私が相手を致します」
「頼む」
何とも頼もしいことよ。
榠樝は苦々しく思う。こんなにも、私では
深雪に任せておけば大丈夫だという確信めいたものがある。
これが摂政か。これが蘇芳深雪の底力か。
ぴりりと痛い視線が刺さり、顔を上げれば真っ直ぐ南天と目が合った。
こうなる前に
三人からの
痛恨の極みだ。
だがまだ、手遅れでは無い筈。そうであってくれ、と榠樝は祈るような気持ちでいた。
「摂政」
榠樝の低い呼び掛けに深雪が片眉を上げた。
「は」
「征討軍の整備を、左右近衛大将に命じる」
「女東宮!」
各所から声が上がる。
歓迎の声と反対の声とは、同じくらい多い。
「できるだけ穏便に、だが急げ」
「御意」
「仰せのままに」
銀河と南天は揃って
「検非違使別当、そなたは都の
「承知仕りました」
野茨は平伏。
深雪は何とも言い難い表情をしていた。
榠樝は深雪にそっと視線を遣る。
「そなたにすべて任せていたら、と考えぬこともない」
深雪に一瞬の動揺が走った。
本当に。
敏腕の摂政にすべてを任せていたならば。
もしかしたら今この時にも動揺せずに対処ができたのかもしれない。
けれど。
「だが、最善を尽くす。どうか支えてほしい」
榠樝の言葉に深雪は真っ直ぐに強い眼光を向けた。
榠樝は目を逸らさない。
逸らせたらきっと、深雪は榠樝を見限る。
こんなことで揺れているようでは王たるに不足だ。
暫くの睨み合いの後、深雪はそっと
「仰せの通りに」
それからの日々は会議会議裁決会議裁決、と目まぐるしく過ぎた。
百年ぶりの
皆、五雲国からの正使など昔話にしか聞いたことがないのである。
それが見られるとあって、大路はまるで祭のよう。いや、それ以上か。
羽目を外す者たちを片っ端から検非違使が捕えては
その熱は
「別当様、そろそろ獄が溢れそうです」
野茨は額に青筋を立てて駆け回っては指示を飛ばしていて。
その
都だけでは足りない人手を国府や荘園から募り、着々と形になって来ているという。
幾ら何でも早過ぎないかと榠樝は思うのだが、銀河と南天は
「抜かりないな」
榠樝が悔しそうに顔を歪めた。
力不足を目の前に突き付けられているのだ。苦い顔にもなる。
「南天どのはそういう方面には異常に鼻が利くのです。あれはもう獣の域です。普通の人間はどうやったって勝てませんわ」
「父上を始め、皆さま日々研鑽を積んでおられるのです。経験の
その通り。その通りではあるのだ。
わかっている。それでも。
何度目だろう。榠樝はその言葉を口にする。
「……足りない」
いつも、いつも。大事な時にいつも。
榠樝には時間も経験も力も。
何もかもが足りないのだ。
「しっかりなさいませ」
山桜桃が榠樝の肩を揺らした。
「女東宮。榠樝さま。
榠樝の眼が山桜桃を捉える。
榠樝はぱしんと両頬を叩いた。
「榠樝さま!」
堅香子が
「気合入れなきゃね」
頬を赤く腫らして、榠樝は幾分しっかりした声で応えた。
「
「その意気ですわ」
山桜桃が嬉しそうに頷き、堅香子が同意を込めて拳を握った。
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