今世紀の飲み水事情

山谷麻也

束の間の安全神話

 ◆諸刃の刃

 PFAS(ピーファス;有機フッ素化合物)汚染が問題になっている。

 PFASはさまざまな用途で使用され、一万種類以上の物質が存在すると言われている。なかでも、PFOS(ピーフォス:ペルフルオロオクタンスルホン酸)、PFOA(ピーフォア;ペルフルオロオクタン酸)などは、環境庁によると「難分解性、高蓄積性、長距離移動性」というやっかいな性質があり、「国内で規制やリスク管理に関する取り組みが進められています」(HPから)とのことだ。

 つまり、特定の物については製造・使用が禁止されている。


 発端は、岡山県吉備中央町で国が暫定目標値(50ng/L以下)を定めた二〇二〇年以降、一六~二八倍もの特定PFASが検出されていたことによる。

 原因はある浄水場で使った活性炭を再利用のために放置していて、不適切な管理から流れ出たものだ。なんとも皮肉な原因と結果だ。 


 ◆田舎の水はうまい

 気になったので、四国四県のPFAS汚染状況を調べてみた。

 国の発表によると一〇を超えているのは四事業体、値は最高でも一四だった(二四年度)。


 長く都会の水を飲んできたので、Uターンして、改めて田舎の水のおいしさには感動している。文字通り、喉を鳴らして飲む。

 ところが、田舎の水を絶賛していて、患者さんから、それこそ水を差された。

「大雨が降った後の水道水は、犬が飲まないこともありますよ」

 という。


 納得がいった。

 盲導犬・エヴァンと暮らして四年半になる。毎日、五回、水分補給させる。いつも一気に飲む。ただ、一度だけ、飲まないことがあった。鼻を近づけた後、何か言いたげに見上げていた。

 また、途中で飲むのを中断することもたまにある。


(どこか調子が悪いのかな)

 と心配したが、いたって元気そうである。今にして思えば、大雨の後だったのだろう。


 ◆暗黒時代を経て

 昔、学校の水道水にむせそうになった。家で飲む水と違い、カビの匂いがした。

 田舎を離れ、水道水の匂いがますます鼻につくようになって行った。いわゆる「カルキ臭」だ。加えて、夏などはコップの水が白濁していたものだ。

 ミネラルウォーターが自販機にお目見えし、マイペットボトルを携行するようになるのも、時間の問題だった。


 そんな時代を経て、日本の水道水はいつしか世界一安全とされるようになった。努力された関係者には申し訳ないが、筆者は懐疑的だ。それに、渡航の機会が少なく、我が国の水道水に太鼓判を押す自信がない。


 大阪から東京に転勤して

「東京の水はおいしい」

 と上司に話したことがあった。

「そうかなあ。東京に骨をうずめる気になっているから、水をおいしく感じるだけじゃないの」

 と変なところで褒められた。本人はあくまでも比較論で言っただけなのに。


 その上司は、おとなり・高知県産だった。

「酒がまずくなるから」

 と、昼間は水分を口にしなかった。生まれついての酒呑みだっただけでなく、都会の水が合っていなかったのだ。 


 ◆水道水にオシッコ!?

 水道水の水質基準項目に塩化物イオンというのがある。塩分である。海が近い地域は言うに及ばず、水に尿が混入した場合などにも検出される。

 塩化物イオンの基準値は二〇〇㎎/L以下とされ、筆者の住む市の検査値の大半は一〇以下である。水源によっては一〇をオーバーしている時もあるが、考えられるのは動物のし尿である。野生動物の水飲み場となっているのではないか。


 かつて、至る所に湧き水があった。

 人間も動物も生きていくには水を必要とする。湧き水が豊富な頃は動物が危険を犯してまで人里に降りてくることはなかった。ところが、杉が無計画に植林され、土地の保水力が低下したために地下水が枯渇した。湧き水が減り、人と野生動物が飲料水を共有せざるを得なくなってきたのである。

 農作物を目当てに、クマやサル、イノシシ、シカなどが畑に出没するのと同様、近くの谷川にも姿を見せているのだ。きわめて今日的な水質汚染と言わざるを得ない。


 この問題はPFASと異なり、規制やリスク管理が難しい。相手は野生動物である。一度崩してしまった自然の調和、バランスを回復させるのは、至難の技と心得なければならない。


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