シヌカイとアンジュ・上

童話集「周辺で紡がれる物語と口伝」より


 気が付くとそこは、嫌に湿り気を帯びている薄暗い洞窟の中であった。長い間、固い地面に頭を乗せていたのか妙に頭痛がして、目を開けているのがやっとな状態である。先を見渡すことのできない光届かぬ深奥は、アンジュの不安を更に駆り立てる。


「ここは、一体どこなの?」


 小声でつぶやくも一人、苔の生えた牢獄に響くのは何処からか溢れ出す水滴のみである。無理に起き上がろうとすると後ろで縛られた縄の軋む音が、悲鳴のように響き渡る。それに呼応するかのように数名の足音が聞こえ、遠くから徐々にランタンの淡い灯火が闇を押し退けて近づいてくる。訝しげに見つめてると、気絶する前に見た眼帯の男が柵の前に立ち塞がった。


「ようやく起きたかぁ、眠り姫さぁま」


 言葉足らずなのか、遠い方言や訛りなのか分からない言葉で、アンジュの顔に唾を飛ばす。アンジュは木製の柱越しでも分かるくらい鋭い眼光で、男を睨みつけた。第六感で危険を感じたのか、眼帯男の後ろにいた手下のような若衆が、腰に付けた短剣の柄を握り締める。すかさず中央の巨漢が腕で制止させ、地面を蹴り上げ脆く崩れてしまいそうな錠前を揺らして叫ぶ。


「舐めてっんじゃぁねぇぞっ! てめぇはてめぇで、生死を決められる立場にねぇことわかってんのかぁ! ああぁん!」


 怒号は辺りを劈き、瞬く光を消す勢いでアンジュの頭をこれでもかと揺らす。眼帯男が耳を穿りながら、緩慢な動作で巨漢の肩を数回叩く。


「ミグダ落ち着けぇ、壊すぅのはまだ後だ。そぉれとまた気絶さぁれると困る」


 ミグダと呼ばれた大男は視点を変えずに軽く咳払いをし、痰を牢内に吐き出す。やがて、目障りだったのか何も言わずに洞窟の奥へと去っていった。一通り見送った眼帯野郎は、アンジュの方に向き直し独り言のように返事も待たず語りだした。


「おめぇも運が悪かぁったよな、まさぁか俺たちが欲しぃかぁった宝玉ぅを盗ぅんだ馬鹿ぁ魚を採っちまったんだかぁらよ。でもよ、その魚を隠すことぁねぇんじゃねぇかぁ。幾ぅら探しぃたけど、てめぇの船かぁらは見当たらなかぁったぜ。もしかぁして逃がしぃた訳ねぇよな」


 アンジュは聞き取り辛い言葉を何とか咀嚼して、自分が助けたフガシンの体内に入った宝玉を飲み込んだことを後悔した。捕獲後に苦しそうにしていたフガシンと突然砲撃して来た黒塊に、漁猟の勘が働いたアンジュは咄嗟に緋色に輝く真珠のような宝玉を口に放り込んだ。


(今、彼らが欲しがっているものは……ここにある……!)


 眼帯の男は、口を大きく開けて欠伸しながら振り返って小柄の若衆の肩に手を置き、指示を出した。


「飽くぅ迄も口を割らない……かぁ。コイラ、お前は姫の見張りと何かぁ情報を引きぃ出せ」


「わ、わかりました」


 コイラと呼ばれた青年はアンジュを見つめながら返事をした。眼帯の男は何も言わずに千鳥足で奥へと消えていく。足音が消えたのを確認していたのか、横目に見届けていた若衆が徐に口を開いた。


「みんなは行った……かな?」


 慎重に去っていった深淵を見つめてから、コイラはアンジュの檻の前で跪いて優しく語りかける。


「大丈夫ですか? すみません、民間人を巻き込むつもりはなかったんです。私も元々は民間人でした。しかし、奴らは家族や友人を人質に捨て駒を増やしています。私もその中の一人でいつか、反旗を翻す準備も仲間内で進んでいてあなたにも参加してもらいたい。あなたが宝玉の場所を教えて下されば、この籠の鍵を使ってあなたを開放し、宝玉を先回りして回収、後に交渉の一つとして復讐の計画に取り入れたいと考えています。あと……」


 コイラは、苦虫を噛み潰したような顔で恨み節を連ねる。どれもアンジュ自身には関係のない話ばかりであまり聞く耳を持たなかった。コイラの話を聞き流しながら妹に想い耽る。


(パッセはどうしてるかなぁ? ……会いたいな)

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シヌカイとアンジュ @mugimugi_sakai

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