第6話 初恋の人を紹介

 遂に待ちに待った夏休みがやって来た。


 そして今日は日曜日……


 夏休みでも平日だったら『つねちゃん』は幼稚園に行っている可能性がある。

 でも、さすがに日曜日に幼稚園に行く事は無いだろうと俺は踏んでいる。


 俺自身も母さんに怪しまれない様に『策』は打っておいた。


 今日は朝から友人の『高山健一たかやまけんいち』の家に遊びに行くと言っあるのだ。勿論、その高山にも前から今日の事はお願いしていた。


 先日、寿に話した同じ内容を高山にも説明したら、アイツはあっさり『別にいいよ~』という軽い返事が返ってきた。


 相変わらず高山は『現実世界』も『今の世界』でも性格は軽い奴だが、俺は今までその性格に結構助けられていた。


 準備万端ではあるが、不安が無い訳では無い……


 それは『つねちゃん』が友人と遊びに出かけていて不在かもしれないという事だ。

 日曜日だし、その可能性は高い。


 ただ俺は、ここで『彼氏とデートで不在』という事だけは考えない様にしていた。

 その可能性もゼロでは無いが、考えたくない……


 それを考えただけで、想像しただけで、俺は泣きそうになるからだ……




 そして俺は今、駅の『切符売り場』の前に立っている。


「つねちゃんの自宅からの最寄り駅は『青葉北駅』だったよな……ん? あっ!! 片道150円だと思っていたのに、100円じゃないか!? そうか! 今の時代は『物価』が安いんだった!! これは超ラッキーだな!!」


 小学1年生らしからぬセリフを言っている俺を近くにいる大人達は不思議そうな表情で見ていた。


 俺は我に返り、少し恥ずかしくなってしまい、顔がうつむき加減になったそんな中、俺の背中の方から聞き覚えのある声がした。


「あれ? 隆君じゃない。こんなところで何をしているの?」


 その聞き覚えのある声は近所に住んでいる『鎌田志保かまたしほ』さんだった。



 俺は今、志保さんにこの世界に来てから初めて会ったのだが、『今の母さん』に会った時と同様、今度は心の中で『若っ』そして『美人』と叫んでしまった。


 この志保さんは、『未来のつねちゃんの後輩』になる人で、『現実世界の俺』に『つねちゃんの死』を教えてくれた人だ。


 彼女は俺より一回りくらい年上の今年で20歳。

 現在、『大学2回生』だったと思う。


「あっ、し、志保さん……べ、別になんでもないよ……」


 突然の事だったので俺は志保さんに上手く返す言葉が出てこなかった。


「しっ、『志保さん』って何よ!? もう、他人行儀ねっ!! いつもは『志保姉ちゃん』でしょ!? 急に声をかけられてビックリしたからって、呼び方を間違えるなんてあり得ないわよ!! それに何でもないって事は無いと思うんだけどなぁ……もしかして隆君、一人で電車に乗ろうとしてたんじゃない? そうでしょ!? 絶対そうだわ!!」


 志保さんは近所でも有名な『美人姉妹』の長女なんだが、性格が男っぽくて、少し残念な面がある人だった……


 この人には寿や高山と同じ様な事を言っても通じないと俺の『大人の勘』がそう思わせた。


 だから志保さんには俺が『つねちゃん』の事が好きだという事だけは隠しながら、幼稚園の担任だった『つねちゃん』に会いたくなったので、一度一人で家に行ってみようと思ったという旨を説明した。


 すると志保さんは『ニコッ』と微笑みながら俺にこう言ってきた。


「へぇ、なるほどねぇ……卒園してからでも元教え子さんが、自宅に遊びに来てくれるなんて……その先生とっても『幸せ者』よねぇ……」


「えっ、そうなの? 『つねちゃん』喜んでくれるかな?」


「当ったり前じゃない!! 絶対に喜んでくれるわよ!! 私だったら飛び跳ねて喜ぶわ!!」


 俺は志保さんのその言葉のお陰で、少しだけ残っていた不安が綺麗に消えて行った気がした……


「よしっ!!」


 急に志保さんが何か決意した表情で声を出した。


「えっ? 何が『よしっ』なの……?」


「決めたのよ。実は私、大学を卒業したら『幼稚園の先生』になる予定なの!! だから今から私も隆君と一緒にその『つねちゃん』っていう人の所に行って、『将来の先輩』から色々とアドバイスを頂こうかと思ってさっ!!」


「えっ? え――――――っ!?」



 志保さんは自分が一度決めた事は絶対に曲げない人なので、俺なんかが拒否っても無駄だって事はもう何十年もの付き合いだからよく分かっている……


 なので俺は仕方なしに志保さんと一緒に『つねちゃん』の自宅に行く事にした。


 志保さんが俺の分の電車賃も払ってくれる……それだけが救いだった。


 一人で行けるチャンスはこれから何度でもあるぞ!!


 そう自分に言い聞かせながら、俺は電車に乗り込むのであった。

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