第5話 初恋の人と別の人
夏休みに『つねちゃん』に会いに行くと決めた俺……
しかし1つだけ障害がある事に気が付いた。
俺はお金を1円も持っていなかった。
そう、『つねちゃん』の自宅まで行く為の電車賃が無いのだ……
恐らく往復で300円は必要だろう……
最低でも片道分の150円は無いと『つねちゃん』の自宅までは行けない。
『つねちゃん』の家は俺の家から駅3つの所なので『現実』の俺なら歩いてでも行ける距離だが、小学1年生である今の俺ではかなり厳しい距離だ。
「くそっ、学力だけでなく体力まで、『こっち側』だとはな……」
自分に都合が悪い状態に追い込まれると俺はついつい愚痴ってしまう。
しかし、愚痴っている場合ではない。何とかしなければ……
母さんに頼み込んで、お金をもらおうか……?
それとも母さんに預けてある『お年玉』の一部を返してもらおうか……?
いや、無理だ。
まず、そのお金を何に使うのかを聞かれるだろう。そう聞かれたら俺は何て答えれば良いのだ?
そんな事をあれやこれやと考えていると、俺を呼ぶ母さんの声がする。
「隆~」
「な、何、お母さん?」
「あんた、結構髪の毛伸びてきたわね? お金渡すから散髪屋さんに行ってきなさい……もう小学生だから一人で行けるわね?」
「う、うん……」
おっ、思い出したぞ!!
そうだ。昔、俺が小さい頃は散髪屋に行って、お金を支払った後、帰りに店長が「はい、これで好きなお菓子でも買っといで」と言いながら50円をくれたものだ。
よしっ!!
まず50円は確保できそうだ……
そして案の定、散髪屋の店長は俺に『お小遣い』という形で50円をキャッシュバックしてくれた。
この50円は絶対に使えない。
大事に保管しなくては……
「五十鈴君、何をニヤニヤしているの?」
俺が本当にニヤニヤしていたのかはよく分からないが、声を掛けてきたのは近所に住む、クラスのマドンナ『
「えっ? ああ、寿……さん……べ、別に何でもないよ……」
何でこんなところで会うんだよ。
「ほんとにぃぃ?」
「ほっ、ほんとだよ……」
寿は疑うような眼で俺の顔を覗き込んでくる。
昔の俺は寿とこんな会話でも恥ずかしくて出来なかっただろう……
っていうか、まず寿から俺に話しかける事なんてあり得なかった。
俺は今、『奇跡』を『普通』に味わっている。
「じゃあ、何で50円玉を見ながらニヤニヤしていたの?」
こっ、こいつ、見てたのかよ!? 何てイヤラシイ女だ!!
と、一瞬思ってしまったが、相手は子供だ。
まさかそんな『駆け引き』何て出来る歳でもないだろう……
俺は寿に『大人らしい』咄嗟の返しをした。
「実は今度の夏休みにさ、一人で電車に乗って行きたい所があるんだけど、電車賃が無くてさ……お母さんに言っても、きっと一人で電車に乗るなんて危ないからダメって言われるだろうから何とかお金を貯める方法が無いかなって考えていたら、さっき散髪屋のおじさんに50円もらったから、それが嬉しくてニヤニヤ?してたんだと思う……」
どうだ、寿?
これが『大人』だ!!
もう、これで納得して家に帰るしか無いだろう!?
「へぇ、五十鈴君って一人で電車に乗れるんだぁぁ……? 凄いなぁぁ……私は絶対無理だなぁぁ。本当は一緒について行きたいけど、二人でもうちのお母さんなら絶対ダメって言うと思うから……」
へっ?
何でついてくる気になったんだよ?
「でも、私も五十鈴君に協力したいから……これあげる……」
寿はそう言うと、すっと俺に100円を差し出した。
「えっ!? そ、それはダメだよ……も、もらえないよ……」
「いいの、いいの。これは私のお小遣いなんだから別にいいの。その代わりに今度、一人で電車に乗って行った時のお話を聞かせて? ねっ?」
寿は満面の笑顔で俺に手を差し出している。
そして俺が100円を受け取るまで帰らない様子だったので、俺は仕方なく、お金を受け取った。
「あ、ありがとう……寿さん……そっ、それとさ……」
「分かってるって。この事は『二人だけの秘密』にしておくね」
俺は寿に『借り』が出来てしまった……
後でうまい具合に誤魔化す『土産話』も考えないといけなくなってしまった。
でも俺はこれで『片道切符』のお金は手に入れた。
後は実行あるのみだ。
あ、でも……
『つねちゃん』の所に行くのに『手土産』は持って行かなくて良いのか?
ふと、そんな事を考えてしまう『大人』の俺がいた……
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