第4話:さらなる改良と来訪者

 翌朝、俺は壊れた魔石の欠片を指で摘まみながら、納屋の中で考え込んでいた。

 昨日の実験で、人形ゴーレムは立ち上がり、歩くことさえできた。

 だが最後には内部で火花が散り、魔石に亀裂が入ってしまった。

 このままでは不安定すぎる。

 より安定した動力源、つまり質の良い魔石が必要だろう。


 


「安定した魔力供給がなければ、大型化も複雑な命令も難しいな……」


 


 俺は木製人形を手に取る。

 こいつを改良し、いずれは農作業や用水路整備、果てはモンスター討伐まで行える「自律型ゴーレム」を作りたい。

 だが、そのためには高品質な魔石が要る。

 問題は、そんなものがこの村にあるかどうかだ。

 良い魔石は高価で、貴族領の商人が持ち込むことがあると聞いたことがあるが、俺たち下級平民が手に入れられるだろうか。



 昼前、リーゼがやって来た。

 今日の彼女は、少し裾の短いスカートをはいている。

 動くたびにふわりと揺れて、その下から細い足首が見え隠れする。

 俺はつい目が行ってしまい、慌てて視線を戻す。


 


「ジュン、昨日は大変だったね。でもあれ、すごく感動したよ。魔力が無くても木の人形が立つなんて、誰も想像できなかったと思う」


 


「ありがとう、リーゼ。確かに一歩前進だ。でも、もっと安定させる必要があるんだ。今のままじゃ、魔石が壊れちゃう」


 


 リーゼは考え込むように唇を尖らせる。

 その横顔は愛らしく、その仕草にどきりとする。


 


「じゃあ、質の良い魔石がいるのね……。そういえば、明日か明後日くらいに行商人が村に来るって聞いたわ。あの人たち、時々魔石を扱ってるから、見てみたらどうかな?」


 


「行商人……か。確かに、それならチャンスかもしれない」


 


 リーゼの情報はありがたい。

 行商人なら貴族領や遠方から品物を持ってくる。

 高品質な魔石があれば、多少値が張っても手に入れたい。

 俺がそう決意すると、リーゼは微笑み、少し身を寄せる。


 


「ジュン、何かあったら相談してね。あたし、ジュンの役に立ちたいから」


 


 甘い声が耳元で響く。

 俺は胸が熱くなり、素直に頷いた。



 外に出ると、メリッサが小屋の前で待っていた。

 今日のメリッサは薄手のブラウスを着ていて、胸元のラインが柔らかく浮かび上がる。

 彼女は俺を見つけると、小走りで近づいてくる。


 


「ジュン……おはよう。あの、昨日の人形……びっくりしたよ。すごかった……」


 


「おはよう、メリッサ。ありがとう。まだ課題はあるけど、少しずつ進めていくよ」


 


 メリッサは恥ずかしそうに指先をいじりながら、そっと顔を上げる。


 


「……もし、あの人形がもっと強くなったら、畑仕事とか手伝ってくれるのかな? そしたら、ジュンが無理しなくてすむよね」


 


「そうしたいんだ。それに、村のみんなだって助かるだろう。だからこそ、魔石が欲しいんだ」


 


「魔石……高いんじゃないかな。でも、ジュンなら何とかしてくれそう……。あの、私も少しなら貯金があるから、必要だったら言ってね……」


 


 メリッサは控えめな笑みを浮かべる。

 俺はその優しさに胸が熱くなる。

 お金を出すなんて言わなくていいのに、それくらい俺に協力したい気持ちがあるのだろう。

 彼女の恥じらい混じりの視線が、俺にはとても新鮮で嬉しい。



 午後、納屋で次の改良を検討していると、外が騒がしい。

 何事かと出てみると、村の外れに見慣れぬ馬車が停まっていた。

 どうやら噂の行商人らしい。

 周囲には好奇心旺盛な村人が集まり、品物を物色している。

 この機会を逃すわけにはいかない。


 


「すみません、その馬車の商人さんはどこに?」


 


 俺が周囲の村人に声をかけると、すぐに答えが返ってくる。


 


「ほら、あそこだ。あの赤い髪の女性が行商人のフィオラさんだよ。かなりやり手らしいぜ」


 


 指さした先には、艶やかな赤い髪を肩まで流した女性がいた。

 彼女は鮮やかな色の布を纏い、胸元をゆったりと開いた服を着ている。

 豊満な胸が揺れ、色気を放つその姿に村人たちも目を奪われている。

 フィオラは笑みを浮かべ、客を手招きしている。


 


「あなた、お初ね。私はフィオラ。色々な街を巡って珍しい品を売っているのよ。何か探し物かしら?」


 


 いきなり馴れ馴れしい感じで近寄ってくるフィオラ。

 俺は少したじろぐが、意を決して尋ねる。


 


「実は、質の良い魔石を探していて……安定した魔力を供給できるものが欲しいんだ」


 


「魔石ねえ、なるほど。質の良いものは高いわよ? あなた、そんなの何に使うつもり?」


 


 フィオラは怪訝そうな顔をして、俺を上から下まで眺める。

 俺は嘘をついても仕方ないから、正直に話すことにした。


 


「実は、魔力を使わずに動かす人形を作っていて、そのための動力が必要なんだ。昨日、試作で成功したけど、魔石が壊れちゃって……」


 


「ほう……それは面白い。魔力無しで人形を動かすなんて聞いたことないわ」


 


 フィオラは目を細め、艶っぽい微笑みを浮かべる。

 彼女の瞳には興味と好奇心が満ちている。

 そして、俺の腕にそっと触れてくる。


 


「もし本当にそんなことができるなら、あなたの技術は将来大金になるわ。いいわ、私が特別にとっておきの魔石を譲ってあげる。代金は少し高いけど、ね」


 


 その瞬間、リーゼとメリッサが少し離れた場所からフィオラを睨むような視線を送っているのに気づく。

 フィオラが俺に色気で迫ってくる様子が、彼女たちには面白くないらしい。

 俺は苦笑しつつ、値段交渉を始めることにした。



 フィオラの出した魔石は小粒だが透明度が高く、淡い虹色の輝きを放っている。

 確かに質が良さそうだが、値段は俺の想定を超えるものだった。

 しかし、ここでケチっていては前に進めない。


 


「分かった。この値段で買うよ。ただし、もしこれが役に立ったら、次回はもっと良い取引をさせてくれ」


 


「いいわよ。あなた面白そうだもの。これからも私がこの村に来るたびに、いろいろ売ってあげる。その代わり……成功したら私にも見せてね」


 


 フィオラは妖艶な笑みを残し、俺に魔石を手渡す。

 柔らかな指先が俺の手に触れて、思わず心臓が高鳴る。

 リーゼとメリッサがこちらに駆け寄ってくるのが視界に入ったが、フィオラはすでに客寄せに戻っていた。


 


「ジュン、あの女の人、なんだか胡散臭いわよ。気をつけて」

「そう……ジュンに近づきすぎ……」


 


 リーゼとメリッサが珍しく同じ方向で文句を言う。

 彼女たちは俺を心配してるんだろう。

 俺は微笑んで魔石を見せる。


 


「大丈夫だよ。これで改良できる。そうすれば、みんなの役に立てるんだ」


 


 二人は渋々頷くが、その表情は不満げだ。

 俺が色気たっぷりの行商人と取引したのが、少し面白くないのかもしれない。



 夕方、納屋で作業を始める。

 今回の魔石は小さいながら、魔力濃度が高そうだ。

 内部に埋め込む際、前回よりもしっかりと命令式を補強する。

 俺は木製人形の関節部分にも新たな刻印を追加し、動作の安定性を狙う。


 


「これで、もっと長時間動けるはずだ。農具を持たせたり、簡単な荷物運びくらいならできるかもな」


 


 独り言を言いながら、少しずつ細工を施す。

 村の生活が楽になるのはもちろん、これが大きな力になる可能性もある。

 貴族に対抗できるほどの労働力があれば、俺はこの世界で自由に生きられるかもしれない。



 夜、納屋のランプを消して家に戻ろうとしたその時、背後で小さな物音がした。

 ハッとして振り向くと、納屋の壁の隙間から誰かがこちらを覗いていた気がする。

 すぐに飛び出してみるが、闇夜に溶けるようにその影は消えていた。


 


「……気のせいか? いや、昨日も何か感じたんだよな」


 


 誰かが俺の動きを探っている?

 もしかして、あのケルンか、それとも外部の者か。

 あるいは、もう領主の手下が目をつけたのかもしれない。

 不穏な気配が胸をざわつかせる。


 


 俺は納屋の扉をしっかり閉め、鍵代わりに太い木材で固定する。

 危険があるなら、なおさら早くゴーレムを完成させて、防衛にも役立てなければならない。

 世界はそう甘くない。

 俺は闇夜の静寂の中、決意を新たにする。

 魔力ゼロの俺が立ち上がるためには、強力なゴーレムが必要なのだ。

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