第3話:動き出す小さな巨兵
翌朝、俺は納屋で人形を再度確かめていた。
昨夜、気配を感じたが、気づくと誰もいなかった。
単なる風のせいかもしれないが、少し不安が残る。
それでも、今は目の前のゴーレム試作が大事だ。
もう少し命令式を整えて、完全に自立稼働させてみたい。
「さて……ここに新たな刻印を追加すれば、もっと精密に動けるはず」
俺は木製人形の背中を開き、小さく文字を彫り込む。
そこには「立つ」「歩く」「前進」「停止」のような基本動作を示す文字列。
もちろん、この世界の魔法言語をまねた独自の記号混じりだ。
俺は過去にゲームAIを組んだ経験を思い出し、ゴーレムに簡易的な行動パターンを与えようとしている。
◇
昼前、リーゼがまた訪れてくれた。
今日はややタイトな上着を身に着けていて、胸元が微妙に強調されている。
俺は目のやり場に困り、顔を逸らしつつも内心ドキドキする。
「ジュン、昨日は夜更かししてたの? なんだか目が赤いよ」
「まぁね。ちょっと実験に夢中になっててさ」
俺が苦笑いすると、リーゼは不安げな顔をする。
「無理しないでよ。体壊したら大変だから……。それで、昨日の人形はどうなったの?」
「まだ試行錯誤中だけど、あともう一歩で動くかもしれない。実際、手がピクッと動いたんだ」
「えっ、本当!? ……すごいじゃない! もしジュンが魔力無しでゴーレム動かせたら、村の英雄になれちゃうよ!」
リーゼの目が輝く。
彼女は喜びを隠さず素直に褒めてくれるから、やる気が増す。
俺は微笑んで、さらに微調整を続ける。
◇
今度はメリッサが現れる。
あまり会話が得意ではなさそうな子だが、最近はよく来るようになった。
そして、今日は薄いスカートで、少し風が吹くたびに裾が揺れて、その白い太ももがちらりとのぞく。
思わず視線が下に落ちてしまう俺。
こんな状況が続くなんて、俺が前世で味わったことがないハーレムっぽい展開だ。
「ジュン……その人形、もう少しで動くの……?」
「うん。魔石を中に仕込んだから、少しずつ魔力が循環してるみたいなんだ。あとは命令式通りに動作するか確認するだけ」
「へえ……。あの、もし成功したら、私にも見せてくれる……?」
「もちろん。みんなに披露するよ。できれば、村の人が驚くところを見たいからね」
メリッサはほんのり頬を染めて俯く。
恥ずかしそうな仕草が可愛い。
魔法が無くても、こうして優しく接してくれる子がいるなんて、悪くない人生だなと思う。
◇
それから数時間後、俺はついに人形を床に置いて、実験をする決意を固めた。
命令式は「立て」「前へ進め」といった基本動作のみ。
あえて複雑な動きは後回しにして、まずは起動を確認する。
リーゼとメリッサが楽しそうに傍で見守っている。
彼女たちの他にも、興味を示した何人かの村人が、納屋の外から様子を窺っているようだ。
俺が何か新しいことをしているという噂は、すでに広がっているらしい。
「よし……いくぞ」
俺は人形の背中に触れ、わずかな力を込める。
魔力は無いが、魔石が微弱なエネルギーを拾ってくれるはずだ。
刻印された命令式が機能すれば、人形は立ち上がるだろう。
すると、人形の膝部分がギシッと音を立てた。
ゆっくりとその短い脚が動き、バランスを取るように揺れる。
まるで赤ん坊が初めて立ち上がるときのような挙動だ。
「……! すごい、本当に動いた!」
リーゼが目を丸くして叫ぶ。
メリッサも息を呑んでいる。
外で様子を見ていた村人たちからも、ざわざわとした声が聞こえる。
「まじで……? ジュンが作ったあの木の人形が立ったぞ」
「嘘だろ、あいつ魔力ゼロだって聞いたのに」
「これは何か裏技があるんじゃねえか?」
周囲は混乱と驚愕でいっぱいだ。
俺は心臓が高鳴る。
ついに、俺は魔力無しでもゴーレムを……いや、まだゴーレムと呼べるほどではないけれど、自動で動く存在を生み出せたんだ。
「よし、そのまま前進しろ」
俺が小声でつぶやくと、人形はぎこちなく一歩を踏み出す。
カタ、カタと木製の足が地面を叩く。
バランスは悪いが、確かに俺の意図した動きに近い行動をしているようだ。
「すごい! ジュン、本当にやったね!」
「これなら農作業だって手伝ってくれるかもしれない……」
リーゼとメリッサが瞳を輝かせる。
俺は鼻息を荒くしながら、人形を歩かせ続ける。
このまま改良を重ねれば、もっと複雑な作業も可能になるだろう。
◇
だが、その時、納屋の外から冷たい笑い声が聞こえた。
俺は顔を上げると、そこにはいつも俺を嘲笑していた青年ケルンが立っている。
彼は腕を組み、険しい目でこちらを睨んでいる。
「ふん、面白いことしてるな、ジュン。魔力ゼロのお前が、こんな奇妙な人形を動かすとは。だが、そんなもんが使い物になるのか?」
ケルンは鼻で笑って、俺たちの喜びをあざ笑うような態度をとる。
リーゼがムッとした表情になるが、ケルンは構わず続ける。
「領主様の目に触れたらどうなるかな? 魔力無しで動くゴーレムなんて、普通に考えりゃ異常だろ。もしかしたら、お前は闇の魔法でも使ってるんじゃないか?」
「そんなことない! ジュンは努力してるんだよ!」
リーゼが声を上げると、ケルンは嘲るように口角をゆがめる。
「はは、わかったわかった。けどなジュン、俺が忠告してやる。変なことはやめとけ。そうしないと、貴族様に睨まれて、この村ごと焼き払われるかもしれないぞ?」
脅すような口調に、メリッサが怖がる。
俺は無言でケルンを睨み返す。
彼は嫌な笑いを残して立ち去った。
「……なんて奴だ。まあ、気にするなジュン」
リーゼが肩を叩いてくれるが、俺は内心苛立ちを抑えられない。
せっかく成し遂げた小さな一歩が、こんな形で揺さぶられるなんて。
だが、確かにケルンの言葉にも一理ある。
貴族や領主が俺の技術に目を付ければ、好意的とは限らない。
利用しようとするか、あるいは脅威と見なして排除しようとするかもしれない。
「ジュン、大丈夫……? 怖いこと言ってたけど……」
メリッサが心配そうに見上げる。
その瞳を見て、俺は決意を固める。
今さら止まるつもりはない。
俺はこの世界で魔力なしでも頂点に立ち、自由に生きる道を切り拓くんだ。
だが、次の瞬間、小さな人形ゴーレムが急にカタカタと変な音を立て始めた。
まるで内部が暴れ出すかのように、関節がぎくしゃくと動き、想定外の方向へ足を踏み出す。
俺が慌てて止めようとしたその時、人形は突然転倒し、内部から火花のような光が弾けた。
パチン!という鋭い音と共に、魔石の欠片が微妙に亀裂を生じる。
その発光が一瞬、納屋の中を怪しく照らし、俺たちは息を呑んだ。
これはただの偶然か、それとも何らかの異常信号か。
ゴーレム開発の道は、まだまだ一筋縄ではいかないらしい。
俺は人形を抱き上げ、壊れた魔石を見つめながら、次の策を練る。
この一歩は成功だが、不安定要素も多い。
それでも止まらない。
俺はここから、さらなる改良と闘いへと踏み出すつもりだ。
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