第3話:動き出す小さな巨兵

 翌朝、俺は納屋で人形を再度確かめていた。

 昨夜、気配を感じたが、気づくと誰もいなかった。

 単なる風のせいかもしれないが、少し不安が残る。

 それでも、今は目の前のゴーレム試作が大事だ。

 もう少し命令式を整えて、完全に自立稼働させてみたい。


 


「さて……ここに新たな刻印を追加すれば、もっと精密に動けるはず」


 


 俺は木製人形の背中を開き、小さく文字を彫り込む。

 そこには「立つ」「歩く」「前進」「停止」のような基本動作を示す文字列。

 もちろん、この世界の魔法言語をまねた独自の記号混じりだ。

 俺は過去にゲームAIを組んだ経験を思い出し、ゴーレムに簡易的な行動パターンを与えようとしている。



 昼前、リーゼがまた訪れてくれた。

 今日はややタイトな上着を身に着けていて、胸元が微妙に強調されている。

 俺は目のやり場に困り、顔を逸らしつつも内心ドキドキする。


 


「ジュン、昨日は夜更かししてたの? なんだか目が赤いよ」


 


「まぁね。ちょっと実験に夢中になっててさ」


 


 俺が苦笑いすると、リーゼは不安げな顔をする。


 


「無理しないでよ。体壊したら大変だから……。それで、昨日の人形はどうなったの?」


 


「まだ試行錯誤中だけど、あともう一歩で動くかもしれない。実際、手がピクッと動いたんだ」


 


「えっ、本当!? ……すごいじゃない! もしジュンが魔力無しでゴーレム動かせたら、村の英雄になれちゃうよ!」


 


 リーゼの目が輝く。

 彼女は喜びを隠さず素直に褒めてくれるから、やる気が増す。

 俺は微笑んで、さらに微調整を続ける。



 今度はメリッサが現れる。

 あまり会話が得意ではなさそうな子だが、最近はよく来るようになった。

 そして、今日は薄いスカートで、少し風が吹くたびに裾が揺れて、その白い太ももがちらりとのぞく。

 思わず視線が下に落ちてしまう俺。

 こんな状況が続くなんて、俺が前世で味わったことがないハーレムっぽい展開だ。


 


「ジュン……その人形、もう少しで動くの……?」


 


「うん。魔石を中に仕込んだから、少しずつ魔力が循環してるみたいなんだ。あとは命令式通りに動作するか確認するだけ」


 


「へえ……。あの、もし成功したら、私にも見せてくれる……?」


 


「もちろん。みんなに披露するよ。できれば、村の人が驚くところを見たいからね」


 


 メリッサはほんのり頬を染めて俯く。

 恥ずかしそうな仕草が可愛い。

 魔法が無くても、こうして優しく接してくれる子がいるなんて、悪くない人生だなと思う。



 それから数時間後、俺はついに人形を床に置いて、実験をする決意を固めた。

 命令式は「立て」「前へ進め」といった基本動作のみ。

 あえて複雑な動きは後回しにして、まずは起動を確認する。

 リーゼとメリッサが楽しそうに傍で見守っている。

 彼女たちの他にも、興味を示した何人かの村人が、納屋の外から様子を窺っているようだ。

 俺が何か新しいことをしているという噂は、すでに広がっているらしい。


 


「よし……いくぞ」


 


 俺は人形の背中に触れ、わずかな力を込める。

 魔力は無いが、魔石が微弱なエネルギーを拾ってくれるはずだ。

 刻印された命令式が機能すれば、人形は立ち上がるだろう。


 


 すると、人形の膝部分がギシッと音を立てた。

 ゆっくりとその短い脚が動き、バランスを取るように揺れる。

 まるで赤ん坊が初めて立ち上がるときのような挙動だ。


 


「……! すごい、本当に動いた!」


 


 リーゼが目を丸くして叫ぶ。

 メリッサも息を呑んでいる。

 外で様子を見ていた村人たちからも、ざわざわとした声が聞こえる。


 


「まじで……? ジュンが作ったあの木の人形が立ったぞ」

「嘘だろ、あいつ魔力ゼロだって聞いたのに」

「これは何か裏技があるんじゃねえか?」


 


 周囲は混乱と驚愕でいっぱいだ。

 俺は心臓が高鳴る。

 ついに、俺は魔力無しでもゴーレムを……いや、まだゴーレムと呼べるほどではないけれど、自動で動く存在を生み出せたんだ。


 


「よし、そのまま前進しろ」


 


 俺が小声でつぶやくと、人形はぎこちなく一歩を踏み出す。

 カタ、カタと木製の足が地面を叩く。

 バランスは悪いが、確かに俺の意図した動きに近い行動をしているようだ。


 


「すごい! ジュン、本当にやったね!」

「これなら農作業だって手伝ってくれるかもしれない……」


 


 リーゼとメリッサが瞳を輝かせる。

 俺は鼻息を荒くしながら、人形を歩かせ続ける。

 このまま改良を重ねれば、もっと複雑な作業も可能になるだろう。



 だが、その時、納屋の外から冷たい笑い声が聞こえた。

 俺は顔を上げると、そこにはいつも俺を嘲笑していた青年ケルンが立っている。

 彼は腕を組み、険しい目でこちらを睨んでいる。


 


「ふん、面白いことしてるな、ジュン。魔力ゼロのお前が、こんな奇妙な人形を動かすとは。だが、そんなもんが使い物になるのか?」


 


 ケルンは鼻で笑って、俺たちの喜びをあざ笑うような態度をとる。

 リーゼがムッとした表情になるが、ケルンは構わず続ける。


 


「領主様の目に触れたらどうなるかな? 魔力無しで動くゴーレムなんて、普通に考えりゃ異常だろ。もしかしたら、お前は闇の魔法でも使ってるんじゃないか?」


 


「そんなことない! ジュンは努力してるんだよ!」


 


 リーゼが声を上げると、ケルンは嘲るように口角をゆがめる。


 


「はは、わかったわかった。けどなジュン、俺が忠告してやる。変なことはやめとけ。そうしないと、貴族様に睨まれて、この村ごと焼き払われるかもしれないぞ?」


 


 脅すような口調に、メリッサが怖がる。

 俺は無言でケルンを睨み返す。

 彼は嫌な笑いを残して立ち去った。


 


「……なんて奴だ。まあ、気にするなジュン」


 


 リーゼが肩を叩いてくれるが、俺は内心苛立ちを抑えられない。

 せっかく成し遂げた小さな一歩が、こんな形で揺さぶられるなんて。

 だが、確かにケルンの言葉にも一理ある。

 貴族や領主が俺の技術に目を付ければ、好意的とは限らない。

 利用しようとするか、あるいは脅威と見なして排除しようとするかもしれない。


 


「ジュン、大丈夫……? 怖いこと言ってたけど……」


 


 メリッサが心配そうに見上げる。

 その瞳を見て、俺は決意を固める。

 今さら止まるつもりはない。

 俺はこの世界で魔力なしでも頂点に立ち、自由に生きる道を切り拓くんだ。


 


 だが、次の瞬間、小さな人形ゴーレムが急にカタカタと変な音を立て始めた。

 まるで内部が暴れ出すかのように、関節がぎくしゃくと動き、想定外の方向へ足を踏み出す。

 俺が慌てて止めようとしたその時、人形は突然転倒し、内部から火花のような光が弾けた。


 


 パチン!という鋭い音と共に、魔石の欠片が微妙に亀裂を生じる。

 その発光が一瞬、納屋の中を怪しく照らし、俺たちは息を呑んだ。


 


 これはただの偶然か、それとも何らかの異常信号か。

 ゴーレム開発の道は、まだまだ一筋縄ではいかないらしい。

 俺は人形を抱き上げ、壊れた魔石を見つめながら、次の策を練る。

 この一歩は成功だが、不安定要素も多い。

 それでも止まらない。

 俺はここから、さらなる改良と闘いへと踏み出すつもりだ。


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