第2話:はじめての小型ゴーレム試作

 翌朝、俺はまだ薄暗いうちに納屋へ向かった。

 昨日拾い集めた木材や金属片を、どうにかして簡易的な人形型ゴーレムに組み上げたい。

 もちろん、魔力無しでは動かせないと言われているが、俺には前世の知識がある。

 魔方陣的なものを参考に、命令文を刻むことはできないか。

 小さな木片を削りながら、俺は頭をひねる。


 


「……ここに線を引いて、こうして印を刻む。よし、あとは……」


 


 思わず呟く俺に答える者はいない。

 納屋はまだ冷え込んでいて、俺の吐息が少し白い。

 だが、こんなところで諦めるわけにはいかない。

 この世界での俺の武器は、魔力ではなく「知恵」なのだから。



 朝日が昇り始めるころ、納屋の扉が開いた。

 誰かと思えば、村の少女リーゼが顔をのぞかせる。

 茶色い髪をゆるく結び、淡い麻布のワンピースを着た彼女は、ほんのりと体温を感じさせる笑顔を浮かべていた。


 


「ジュン、おはよう。こんな朝早くから何してるの?」


 


 彼女が少し不思議そうに首を傾げる。


 


「おはよう、リーゼ。ちょっと、木の人形を作っててさ。昨日思いついたことがあって、試してみようと思ったんだ」


 


 俺は工具を持ったまま振り返る。

 リーゼは好奇心旺盛な瞳を輝かせて、俺の手元を見つめている。


 


「ふーん、人形かあ。ジュンって、魔法が使えない分、色々工夫してるんだね。あたし、そういうところ好きだな」


 


 思わぬ褒め言葉に、俺は少し頬が熱くなる。

 リーゼは俺の魔力欠如を笑わない。

 むしろ応援してくれそうだ。


 


「ありがと。まあ、まだ実験段階だけどね。これが上手くいけば、俺みたいに魔力が無くても役に立てるかもしれない」


 


「うん、頑張って! あ、そうだ、今日は村長さんが午前中に集会所で何か話すらしいよ。ジュンも後で顔出したほうがいいと思う」


 


 リーゼはそう言うと、軽やかに納屋を出て行く。

 窓から差し込む光の中、彼女の後ろ姿は妙に美しい。

 うちの村でも噂の美少女であるリーゼが、俺に親しげでいてくれるのは正直うれしい。

 しかも、最近は視線が優しい気がする。

 俺が魔力を持たなくても、リーゼは俺を認めてくれそうだ。



 しばらくして、今度は別の人影が納屋にやって来た。

 この村の少女メリッサだ。

 柔らかな丸顔に、緑色の瞳が印象的。

 ちょっとおっとりしているが、素直で優しい子だ。


 


「ジュン……。なにしてるの……? 朝から木を削ってる音が聞こえたから、気になって……」


 


 彼女は控えめに扉の端から顔だけ出している。

 まるで恥ずかしがりながらも、俺に興味があるようだ。


 


「ああ、メリッサ。実はな、ちょっとゴーレムみたいなのを作れないか考えてるんだ。魔法が無くても動くような、特別な仕組みで」


 


「ゴーレム……? でも、魔力の強い人じゃないと動かせないんじゃ……?」


 


 メリッサは不思議そうに首をかしげる。

 俺は刃物で木を削りながら、彼女に笑顔を向ける。


 


「普通はそうだよね。でも、俺なら違う方法で動かせるかも。まあ、うまくいくか分からないけど、試してみたいんだ」


 


「ふふ……ジュンは、不思議な人……。でも、そういう頑張る姿は、素敵だと思う……」


 


 照れながらそんな言葉をくれるメリッサ。

 なんだか最近、俺は女の子に優しくされることが増えてる気がする。

 魔力ゼロの無能扱いだったのに、少しずつ俺が違う形で注目を集めているのかもしれない。

 その優しさが、俺のやる気をさらに引き出してくれる。



 小さな木製の人形がだんだん形になってきた。

 人形と言っても、せいぜい手足が動く程度の簡素なものだが、胴体の内部には魔法陣……というか俺なりの「命令式」らしき刻印を掘り込んだ。

 この刻印は前世でのプログラム的思考をベースにしている。

 「立つ」「歩く」「物を掴む」など、簡単な命令をルール化して、魔力の流れを最小限で誘導するつもりだ。


 


「これで……どうだ?」


 


 俺は軽く息を吐いて、手の中で人形を持ち上げる。

 今はまだ動かない。

 だがこれを、僅かな魔力エネルギーでも流せば、自律的に動き出すはず……。

 問題は俺に魔力が無いこと。

 ならば外部から微量でもいい、魔力を供給する手段が必要だ。

 そこに目を付けたのは、微量な魔力結晶。

 村で手に入る魔石の欠片を削り、内部に埋め込めばいい。

 ただ、その魔石が手に入るかどうか……。



 集会所に行くと、村長が集めた村人たちが議論していた。

 議題は「領主からの依頼」らしい。

 村に新しい用水路を作るために人手を出せとのこと。

 しかし、魔法が得意な者は少ないし、肉体労働も限界がある。

 俺は人垣の後ろから、その話を聞いていた。


 


「ジュン、お前も来たのか」

「やあ、ルカス、ケルン」


 


 ルカスは穏やかな笑顔で俺に挨拶する。

 隣のケルンはやや皮肉げな視線。


 


「用水路整備なんて面倒だな。魔力が強ければ楽なんだけどなあ」

「仕方ないよ、ケルン。領主様は魔力優先社会なんだから」


 


 彼らは溜息をつく。

 俺は腕を組みながら考える。

 もし俺が作ったゴーレムが動いて、用水路工事を手伝えたら、みんな助かるだろうか?

 そうすれば、俺の価値も上がるし、村の生活も楽になるかもしれない。



 その日の夕方、俺はこっそりと村はずれの林へ向かった。

 そこには小さな魔石の欠片が落ちていることがあると、昔父さんから聞いたことがあった。

 俺はくまなく地面を探す。

 すると、光を弱く反射する小さな欠片を見つけた。

 茶色い土の中に埋まっていた魔石の破片だ。

 これを加工して人形の中に仕込めば、微弱な魔力源になる……はず。


 


「よし、あった……!」


 


 俺は小躍りしたくなる気分だった。

 早速、魔石を手に納屋へ戻り、内部を少し削って人形の胸の部分へ埋め込んだ。

 これで、微弱だが魔力回路が形成できる。

 あとは命令式がうまく働けば……。



 夜、納屋の中。

 ランプの明かりの中で、俺はドキドキしながら人形を床に立たせた。

 命令式は刻んだ、魔石も仕込んだ。

 後は自然に魔力が流れ込むかどうか。

 俺は少しだけ唸るように念じるが、念じても魔力は生まれない。

 ただ、魔石が周囲の魔力を微弱に吸収しているはず。

 その気配が伝わってくればいいのだが……。


 


「動いてくれ……頼む……」


 


 俺は小さく呟く。


 


 すると、微かに人形の腕がガクンと揺れた。

 これで確信した。何らかの力が働いている。

 もう少し微調整すれば、立ち上がることも可能だろう。


 


「……やった。これは、イケる!」


 


 その瞬間、納屋の扉が風で少し揺れ、ギシッという音が響く。

 振り返ると、そこには何者かの影が薄暗く伸びていた。

 俺の背筋に冷たいものが走る。

 こんな夜更けに、ここに来るのは誰だ……?

 ゴーレムの成功に浮かれていた俺の心臓が、一気に早鐘を打ち始める。

 何かが起きる――そんな予感がする。


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