第8話 勇気と穴ネズミの寝床

 冒険者としての登録を済ませたライカたちは、これまでに採取したカッショクグマと大トカゲの素材を共益堂に提出する。


「町に来るまでに採取したものなんですけど、お売りすることってできますか?」

「もちろんでございます。……ですが、こんな危険な素材をよく採取できましたね」

「まあ、運が良かっただけですよ」


 目を丸くする受付嬢に、ライカは頭をかきながら謙遜した。


「では査定を致しますので、少々お待ちくださいませ」


 そう言われて、ライカたちは再び待合の座席に腰を下ろす。


「どれくらいで売れるんでしょうかね~?」

「最低でも数日の生活の足しになればいいんだけど」

『素材は上等だし、そこは心配ねえだろ』

「そうだね」


 ピートと話して穏やかに待つライカ。


 その時、右肩に刺青を入れた柄の悪そうな巨漢がずかずかと歩み寄ってきた。


「おうおう! ガキんちょのくせしてあんな素材持ち込むなんて、どうせインチキでもしたんだろ?」

「ひっ!」


 巨漢の威圧感にぎょっとして怯むライカ。


 ルミアも彼の背後に隠れて震える肩を必死に押さえている。


「今なら大人しく素材をよこせば、見逃してやるぜ? ガキんちょは母ちゃんのおっぱいでも吸ってろ、雑魚が!」


「――ライカくんは弱くなんてありません!」


 その時だった、ライカの背後に隠れていたルミアが勇気を振り絞り、巨漢を真っ向から睨み付けた。


「なんだ? ……おいてめぇ、蛇女ラミアーじゃねえか!!」

「ライカくんを侮辱するのは許しません!!」


 赤い瞳を光らせるルミアに巨漢は逆上し、彼女の胸ぐらを掴み上げる。


「きゃっ!」

「ルミア!」

蛇女ラミアーだか何だか知らねえが、小娘が調子に乗ってんじゃねえぞ!」


 巨漢に胸ぐらを掴まれたルミアの瞳に恐怖が浮かび上がる。


「ルミアを放せ!!」


 ライカが激昂した次の瞬間、彼の背後から白い大蛇の気迫が立ち上った。


「ひっ!? なんだお前は……!?」


 怯んだ巨漢がルミアを放したところに、レ・イノスが現れた。


「おい、ド・ミンダ。そいつらをあんまりナメない方がいいぜ? そいつらは変異した大トカゲを仕留めたんだからな」

「なんだと……インチキじゃなかったのか!?」


 レ・イノスの言葉に、巨漢のド・ミンダは脂汗を流して後退した。


「悪いな、二人とも。どこにでも空気読まない奴はいるんだ、気にしないでくれ」

「ボクはいいですけど……。ルミアは大丈夫?」


 へなりと床に座り込むルミアの肩に、ライカは優しく手を置く。


「はい、平気です。でも……わたし、情けないです。ライカくんを守ろうとしたのに、何もできませんでした……!」

「ルミア……」


 赤い瞳に涙を浮かべるルミアを、ライカは微笑みかけた。


「そんなことないよルミア。君が勇気を出してくれたから、ボクも頑張れたんだ。独りじゃ何も言えなかったと思う」

「ライカくん……!」


 二人の温かな空気に、レ・イノスも感心げにうなづく。


 そこへ受付嬢が戻ってきた。


「お待たせしました。査定が終わりました」


 受付嬢が差し出したのは、五枚の銀貨だった。


「こちらが買い取らせていただいた代金でございます」

「これって銀貨じゃないですか!」


 ライカが驚くのも無理はない。


 銀貨一枚あれば一ヶ月の生活が十分可能なのだ。


「特に魔石に高値が付きました」


 受付嬢の説明に、ライカはピートを振り返る。


「本当に高く売れたね、ピート!」

『だろ? ……ま、ここまでとは思わなかったけどな』


 顔を見合わせてにっこり笑う二人。


 その後、レ・イノスが宿を紹介してくれることになった。


「ここがオレたちも世話になってる宿屋だ」


 そう言って指し示されたのは、木造の小ぢんまりとした宿屋だ。

 どうやら「穴ネズミの寝床」という名の宿屋らしい。


「安いのに飯もうまい。まさに穴場ってやつだ」

「こんな素敵な場所を紹介してくださって、ありがとうございます!」

「気にするな。それじゃあオレたちは先に休むぜ」


 宿屋に入ったレ・イノスに続いて、ライカたちも宿泊の手続きを済ませた。


 銀貨を見せた時、大層驚かれたのはここだけの話である。


「なんか悪いことしちゃったかなあ?」

『気にすんな、ライカ』

「それじゃあ今日はもう休もう」

「そうですね。また明日です」


 隣の部屋でルミアと別れたライカは、自分の部屋の簡素な寝床に飛び込んだ。


「ふかふかで気持ちいい!」


 白くふかふかな布団にゴロゴロするライカに、ピートが声をかける。


『俺は屋根裏でネズミでも探してくる。お前もゆっくり休めよ』

「うん。ありがとう、ピート」


 屋根裏に這い上がるピートを見送り、ライカはそのまま深い眠りについた。

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