第7話 共益堂と冒険者手続き

 レ・イノスが代理で手続きをしてくれたおかげで、ライカたちはすんなりとタラコの町への入場が許された。


「ありがとうございます、レ・イノスさん!」

「さっきは助けてもらったんだ、このくらいお安いご用だよ!」


 ライカの感謝にレ・イノスもニカッと歯を見せて笑う。


『これで町に入るのもお咎めなしだな』

「ピートのおかげだよ」

『まあなっ』


 ライカの肩辺りに巻き付くピートが得意気に舌をチロチロ出した。


 そうして一行は町の中へ足を踏み入れる。


「わぁ~、これが町なんだ……!」


 入場するなり、ライカは初めて見る町の光景に目を奪われた。


 踏み固められた土の道で整然と分けられた区画には、瓦葺きの屋根で精緻な装飾の木造建築が立ち並んでいる。


 広い通りにはたくさんの人々が行き交い、活気に満ち溢れていた。


「町は初めてだと言ってたな。これが都と各地の農村を結びつけるタラコの町だ。覚えておけよ」

「はい、レ・イノスさん!」


 賑わう通りを歩きながら、ライカは興奮を隠しきれない様子でレ・イノスの話に耳を傾ける。


 だがふと後ろを振り向いたライカの目に、居心地悪そうに肩をすくめるルミアの姿が映った。


「どうしたの、ルミア?」

「はわっ。その……」


 声をかけられて一瞬ビクッと肩を震わせたルミアは、視線をそらしながら辺りを見渡してうつむいてしまう。


 見れば町行く人々が皆、蛇女ラミアーのルミアを好奇と恐れの入り混じった目でじろじろと見ていた。


 それを気にしているのだろう、彼女の困惑が表情から伝わってきた。


 そんなルミアに気を遣うように、ライカは優しく声をかける。


「気にすることないよルミア。ルミアは何も悪いことなんてしてないんだから」

「でも……私、蛇女ラミアーですから……」


 小さな声で呟くルミアは、まだオドオドと不安げな様子を見せている。


 そんな彼女を見てライカはふっと笑い、あえて白蛇のピートを掲げて見せた。


 その瞬間、町の人々の視線がルミアからライカとピートに移る。


 好奇と恐れの目が、今度はライカにも向けられた。


「ほら、これでボクもおんなじだよ。だから気にしないで、ルミア」

「ライカくん……!」


 自分を守るように振る舞ったライカの行動に、ルミアは胸がじんと熱くなるのを感じる。


「……ありがとうございます、ライカくん。おかげでちょっとだけ気が楽になりました」

「あはは、それなら良かったよ」

『ったく、蛇の俺をこんな風に見せびらかすなんてどうかしてるぜっ』


 ピートが舌を打ちつつも苦笑を漏らし、ライカたちはレ・イノスたちに続いて再び歩き出した。


 そしてライカたちは、瓦葺きの堂々とした屋根が一際目を引く建物へと連れてこられた。


「ここは……?」

「共益堂だよ。冒険者はここで登録をしたり素材を売ったりするんだ」

「それじゃあおいらたちは先に行く」

「また縁があったらよろしくっす」

「はい、こちらこそです!」


 レ・イノスたちが別れを告げて先に共益堂に入ると、ライカたちもそれに続くように、牙を剥いた虎の紋章が描かれた門を開けた。


「わ~、ここで冒険者の活動をするんだ~!」


 ライカたちが中に入るとまず目についたのは広い集会場。


 そこには冒険者と思しき屈強な男たちが受付の付近で談笑したり、待機したりしていた。


「な、なんか怖そうです……」


 そんな冒険者たちの威圧感に怖じ気づくルミアに、ライカはその白い手を優しく握った。


「大丈夫だよ、ルミア。もし何かあってもボクが君を守るから」

「ライカくん……!」


 ルミアはライカの言葉に元気をもらい、少しだけ肩の力を抜いた。


 そんな風にルミアを元気付けながら、ライカは皆が集う受付の列に並ぶ。


 不思議なことに、まだ年端もいかない少年のライカと蛇女ラミアーのルミアにちょっかいをかけてくる者はいなかった。


 どうやら先程のレ・イノスたちが目を光らせてくれていたらしいことを、彼らは後から知ることになる。


 やがて二人の番が回ってきた。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」


 迎えてくれたのは、この施設の受付嬢と思しき若い女性だった。


 彼女は淡い藍色の上衣に、鳩羽色の長いスカートをまとい、腰には共益堂の象徴である黄色い帯を結んでいる。


 胸元にはさりげなく刺繍された虎の紋章が輝き、結い上げた黒髪には一本の銀簪が挿されていた。その落ち着きと清潔感は、堂の格式を物語っているようだ。


 その清楚な美しさに、ライカは思わず目を奪われてしまう。


「き、きれい……!」


「ふふ、ありがとうございます」


 受付嬢はライカの感想を軽く流しつつも、柔らかく微笑む。


 一方で隣のルミアは、頬をぷくりと膨らませてライカを睨んでいた。


「ライカくんはああいうのが好みなんですか……?」

「ルミア!? いや、そういうわけじゃ……」


 ルミアの冷たい視線に、ライカは慌てて手を振る。


『やれやれだぜ』


 そんな二人に対して、ピートは呆れたように首を振った。


「あの……、ご用件はおありでしょうか?」


 困惑する受付嬢の声に、ライカはハッとして話を切り替えた。


「あ、あのっ! ボクたち冒険者になりたいんです!」

「それでしたら、こちらの手続きをお願いします」


 受付嬢が差し出した書類にライカは目を通して、すらすらと筆記していく。


『ほう、お前読み書きがしっかりできるんだな』

「まあね。村の大人たちが教えてくれたんだ」


 ピートの言葉に答えながらも、ライカの表情には一瞬影が落ちた。


 村を追放された事実が脳裏をよぎったのであろう。


 一方書類を前に困った様子を見せたのはルミアだった。


「あの……これどうすればいいんでしょうか?」

「もしかして、読み書きできないの?」

「はい、お恥ずかしながら……」


 白い指を突き合わせて視線を落とすルミアに、ライカは微笑みかける。


「それじゃあボクが代わりに書くから、質問に答えてよ」

「ありがとうございます! ……何から何までライカくんの助けを借りて、どう返したらいいのか……」

「気にしなくていいよ。ルミアのためなら、このくらいどうってことないからね」

「ライカくん……!」


 感激で目を潤ませるルミアを隣に、ライカは二人分の書類を書き上げて受付嬢に提出した。


「はい、確かに受けとりました。手続きを致しますので、少々お待ちくださいませ」


 奥へ引っ込む受付嬢に言われ、ライカたちは待合の座席に腰を下ろす。


「思ったよりすんなりといったね」

『そりゃあ冒険者はひとまず誰でもなれるからな。大変なのはここからだぜ、覚悟はできてるか?』


 ピートの真剣な問いかけに、ライカは毅然とした表情で答える。


「もちろんだよピート。ボクは自分の力で生きていくって決めたんだ。蛇使いとしての力もちゃんと活かすよ」

「わ、わたしもお力になります!!」

「うん、頼りにしてるよルミア」


 そんな会話をしてたら、受付嬢が再び呼びに来た。


「お待たせしました。手続きが完了致しましたので、こちらを差し上げます」


 そう言って手渡されたのは、鉄色の金属でできた簡素な根付けである。


「これは?」

「共益堂の会員証明です。身分証明にもなるので、失くさないようお気を付けてくださいね」

「ありがとうございます! ――ほら、ルミアの分もあるよ」

「本当ですね!」


 ライカとルミアはお互いに微笑みながら、それを受け取った。


 こうして二人は、新米冒険者としての一歩を踏み出したのである。

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