第6話 魔変異と先輩

 気を取り直したところで、ライカはルミアと一緒に、先程倒した大トカゲを解体し始める。


 黒い鱗を剥ぎ、肉を切り分けると、ライカは胸部辺りから手のひらサイズの赤い結晶を見つけた。


「これは何だろう?」

『そいつは魔石だ。そんくらいの大きさなら結構いい値段で売れるはずだぞ。運が良かったな』

「そうなんだ! ……ん? でも昨日のカッショクグマは解体してもこんなの出てこなかったよ」


『このトカゲは魔変異を起こしてたみたいだからな』

「まへんい~?」


 聞きなれない単語に、ライカは首をかしげる。


 それを見てルミアが優しく説明を始めた。


「自然界でまれに起こる現象のことです。生き物が魔力を取り込むと、変異を起こしてしまうことがあるんです」


 ルミアの説明を受け、ピートも補足する。


『その魔変異を起こした生き物の体内に、魔石が形成されるんだ。それで魔変異を起こした奴らは簡単な魔法を操れるようになる』

「へ~、そうなんだ~!」


 ライカが感心したように頷くと、ルミアが静かに補足した。


「ピートさんの知識は本当に豊富ですね……」

「うん、頼りになるよね! でも、ボクたちだけが聞けるなんて、ちょっと不思議だよ」

『俺が特別なんだよ』


 ピートが誇らしげに体を揺らし、ライカはクスリと笑った。

 そうしてるうち、ライカたちは大トカゲの解体を終える。


 そして一行は再び森を進み出した。


「ここまで来るのに、たくさん素材を手に入れたね!」

「そうですね! これを町でどれだけ売れるのか、楽しみです!」


 手に入れた素材を持ちながら、目を輝かせるライカとルミア。


 しかしピートが遠慮がちに声を上げる。


『あー、楽しんでるとこ悪いんだけどさ、大事なこと思い出した』

「どうしたの、ピート?」

『お前ら、身分を証明するものと少しの金、持ってるか?』

「えっ……」

「へ?」


 ピートの言葉に、ライカは硬直し、ルミアはキョトンとする。


 その様子を見てピートはため息をついた。


「……その反応だとやっぱ持ってねーんだな。町に入るには、身分証明と入場料が必要なんだよ」

「そ、そんな……」


 追放された身である今のライカには、身分を証明するものもお金もない。


 途方に暮れるライカに、ピートが申し訳なさそうに呟く。


『悪いな、ライカ。俺が人間だった頃の身分証明があれば良かったんだが……』


 落胆する二人をよそに、ルミアが突然警戒の声を上げた。


「だ、だれですか!」


 脇道から出てきたのは、先程助けた三人組の男たちだった。


「あ、あなたたちは……!」

「あはは……。さっきはすまなかった!」


 赤髪の男が突然頭を深々と下げて、謝罪する。


「ちょっ、落ち着いてください! いきなりどうしたんですか!?」

「助けてもらったのに、お礼もしないで逃げちまって……許してくれ!」


 三人は頭を地面に擦り付ける勢いで謝罪を続ける。


 ライカは戸惑いながらピートに尋ねた。


「ピート、どうしよう?」

『いい機会だ、こいつらを利用して町に入ろうぜ』

「そんなことできるの?」

『任せろ。俺の言う通りにしてみるんだ』

「わかった!」


 ――しかし、その会話を見ていた三人組は怪訝そうな顔をしていた。


「……なあ、誰と話してるんだ?」

「え? ピートとだけど?」

「ピートって、そっちの白蛇か?」

「そうだよ!」


 三人はさらに混乱したように顔を見合わせた。


 (蛇の声が聞こえるってことか?)と首をかしげながらも、何か言うべきか迷っているようだ。


 そんなこととは露知らず、ライカはピートからの助言通り、三人に提案した。


「それじゃあボクたちを町に連れていってもらえませんか? 実はお金も身分証明も持ってなくて……」


 赤髪の男が親指を立てて笑う。


「それならお安いご用だぜ! ――オレはレ・イノスだ、よろしくな」

「ゴ・ドスだ」

「ガ・イサックっす。よろしくっす」


 自己紹介する男三人組、どうやら赤髪の剣士がレ・イノスでひときわガッシリした体つきの男がゴ・ドス、小柄な男がガ・イサックのようだ。


 そんな彼らにライカも続けて名乗る。


「ボクはミ・ライカ。こっちはルミアだよ。こちらこそよろしくお願いします!」


 男三人組に同行することになり、一行はは町へ向かう。


 途中レ・イノスがルミアに頭を下げた。


「ルミアのお嬢ちゃんも本当にごめんな! 蛇女ラミアーだからってビビって逃げて……反省してるんだ!」

「は、はわわわわ! 気にしてませんから、どうか頭を上げてください~!」


 ルミアがオロオロする中、ピートがボソリと呟く。


『これ、さっきも見た気がするぜ」


 道中はそんな感じで賑やかだったが、ついに一行は森を抜けて町が見える一本道までたどり着いた。


「これを通れば町に行けるんだ……!」


 ライカが感慨深げに呟くと、ピートが小首をかしげるように鎌首をもたげた。


『町は初めてなのか?』


 ピートの声がライカの耳に届くよりも早く、心の中に直接響く。


「あはは、お恥ずかしながら……」

 

 ライカが照れ臭そうに笑うと、ピートは小首をかしげるように体を揺らした。


 そんな彼を見たレ・イノスがふと問いかけた。


「そんでミ・ライカ、お前は町に入って何をするつもりなんだ?」


 真剣な口調に促され、ライカは足を止めて意を決したように答える。


「ボクたちも冒険者になろうと思うんです。そうすればとりあえず食べていくことはできると思いますから……」


 その答えにレ・イノスは満足げにうなづき、親しみを込めて肩を叩いた。


「そっか。じゃあオレらと同じだな!」

「レ・イノスさんたちも冒険者なんですか?」


 目を丸くするライカに、レ・イノスは自慢げに胸を張る。


「おうよ! それじゃあお前らは後輩ってことだな。これも何かの縁だ、何か困ったことがあったらオレらを頼れよ」

「自慢じゃないけどおいらたちはタラコの町でも顔が利くんだぜ!」


 ゴ・ドスが豪快に笑いながら胸を張ると、小柄なガ・イサックも片手を上げて笑みを浮かべた。


「それじゃあこれからもよろしくお願いします、皆さん!」


 ライカは嬉しそうに笑みを浮かべながら、三人と握手を交わす。


「こちらこそっす!」


 握手を交わしたガ・イサックも笑みを返す。


 和やかな空気のまま一行が歩みを進めると、目の前には城壁に囲まれた町の門が現れる。


「これがタラコの町……!」


 ライカが思わず感嘆の声を漏らすと、ピートが軽く体を揺らして呟いた。


『これが新たな冒険の始まりだな。気を引き締めていけよ』

「うん、そうだね!」


 ライカは目を輝かせながら、力強くうなずいた。

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