第5話 火を吹くトカゲとルミアの純情

「ん、うう……っ」


 翌朝、ライカは全身を締め付けられるような圧迫感で目を覚ました。


 顔を横に向けると、隣でルミアがすやすやと寝息を立てている。


「ルミア……うっ」


 安らかなルミアの寝顔にほっこりしつつも、蛇の身体でなおも締め付けられ続けられていることに気付き、ライカは苦しげにうめく。


「ルミア、そろそろ起きて。じゃないと……苦しいよ……」


 ライカがその華奢な肩を揺すると、ルミアは赤く透き通った瞳をゆっくりと開けた。


「んん……っ。おはようございます、ライカくん」

「おはよう、ルミア。……そろそろ離してほしいかな」


 苦しげに笑うライカの様子に、ルミアははっと目を丸くし、慌てて巻き付いていた身体をほどく。


「はわわわっ! 苦しかったですよね、ごめんなさい!」

「あはは……ちょっとね」


 苦笑するライカに、ルミアは頬をほんのりと染めて申し訳なさそうにうつむいた。


「はうう~! わたしってば一度巻き付くとつい力が入っちゃうんです……」

「気にしないでルミア、ボクは平気だから」

「本当ですか?」


 上目使いで確認するルミアに、ライカはこくんとうなづく。


「うん。ルミアが巻いてくれたおかげであの後、悪夢でうなされずに済んだから」

「それは……良かったです~」


『――あー、仲良くやってるところ失礼するがなっ』


 そこへ白蛇のピートがニョロニョロと這い寄ってきた。


 ライカはその声にはっと思い出したように目を見開いた。


「そうだ! 寝ちゃってたけど、ピートがずっと見張りをしててくれたんだよね!? 本当にごめんなさい!」

『気にすんなって。子供が安心して眠れるようにするのも大人の務めってやつさ』

「そっか……。それじゃあ、お疲れ様って言えばいいのかな」


 ニヒルにそう言うピートを腕に巻いたライカは、そそくさと焚き火の燃えカスを片付け始める。


「わたしも手伝います!」

「ありがとう、ルミア」


 ルミアも加勢し、焚き火の跡はすぐに片付けられた。


『それじゃあまた出発するぜ。もう少し歩けば最寄りの町が見えてくるはずだ』

「そうなんだ! それじゃ、行こーっ!」

「はいです!」


 ライカとルミアが揃って腕を突き上げ、一行は元気よく再出発する。


「そういえばピートは熊肉を食べてなかったけど、食事はどうしてるの?」

「それなら心配いらねえよ。時々ネズミでも一匹捕まえればそれで十分さ」

「そうなんだ~」


 意外な事実に感心するライカ。


 そんな中、突然どこからか悲鳴が聞こえてきた。


「今のって!」

「生きましょう!」


『っておい! ……やれやれだぜ』


 ルミアが率先して駆け出し、ライカも慌ててその後を追う。


 悲鳴の方へ駆けつけてみれば、そこには巨大なトカゲのような怪物に襲われている若い男の三人組がいた。


「わわっ、来るなあああああ!!」


 二人は腰を抜かし、辛うじて剣を振り回す男も怪物に圧されている。


 その時、大トカゲは火を吹こうと大きく口を開けた。


「た、助けてくれえええええ!!」


「――危ない!」


 ルミアが叫び、地を滑るように走りながら両手をかざす。


「流水の母神ミズノエの加護のもとに、汝を押し流さん――水鉄砲!!」


 とてつもない勢いの水流が彼女の手から放たれ、大トカゲの口を直撃する。


 水を飲まされて驚いた大トカゲは、動きを鈍らせた。


「グゲッ!?」


「――蛇睨み!」


 続いて駆けつけたライカが叫ぶと、大トカゲの身体がピタリと止まる。


『今だ、ルミア!』

「はい! 大樹の母神ドライアスの加護のもとに、汝を貫かん――木槍ぼくそう!!」


 ルミアの足元から鋭く尖った木槍が勢いよく伸び、大トカゲの喉元を貫く。


「グゲ……っ」


 大トカゲはうめき声をあげてその場に崩れ落ちた。


「大丈夫ですか? ――大地の母神マームの加護のもとに、汝を癒さん。癒しの光」


 ライカが回復魔法をかけると、襲われていた若い男たちの傷がたちまち癒え、安堵の表情が浮かぶ。


「た、助かったよ……って蛇ぃ!?」


 ライカの手首に巻き付いている白蛇ピートを見た瞬間、男たちは怯えた顔になる。


「あ」


 ライカが声を上げたのと同時に、ルミアが駆け寄ってきた。


「皆さ~ん! 大丈夫ですかー!?」


 その声に気づいた男たちは、ルミアを見てさらに顔色を変える。


「「「ら、蛇女ラミアーだあああああ!!」」」


 悲鳴を上げた三人は蜘蛛の子を散らすように逃げ出してしまった。


 ルミアが慌てて手を伸ばすが、彼らは振り返ることもない。


「あ、あの……っ!」


 声をかける間もなく、森の奥へと消えていった。


「やっぱり……わたしはそんなに恐ろしいのでしょうか……?」


 彼女の指先が震え、白く細い指をとぼとぼと突き合わせる姿に、悲壮感が漂う。


「ルミア……」


 ライカは困ったような顔でルミアを見つめたが、すぐに口を開く。


「そんなことないよ!」


 ルミアが顔を上げると、ライカはまっすぐに彼女の瞳を見つめ、力強く言葉を続けた。


「君はとっても優しいヒトだって、ボクは知ってるから!」


 その言葉にルミアの瞳が潤み、瞬く間に感激が彼女の表情を満たす。


「ライカくん……!」


 ルミアは飛び付くようにライカに抱きついた。


「わわっ、ルミア!?」

「そんなこと言ってくれるのはライカくんだけです! 大好きです!!」


 突然の告白じみたルミアの言葉に、ライカの顔が真っ赤になる。


「えっ、ええ~~!?」

「どうしたんですか、ライカくん?」


 その様子を見ていたピートがライカの肩から顔を出し、呆れたように告げる。


『おいおいルミア、それじゃあ愛の告白みてえだろ』


 ピートの指摘に、ルミアの顔が真っ赤に染まった。


「はわわわわ!? ちちち、違うんです! そう言う意味では決してない……わけでもないかもですが……」

『どっちなんだよっ』


 ルミアの動揺ぶりに、ピートがツッコミを入れるが、彼女はそれどころではない。


「ふしゅ~~」


 ルミアの言葉と恥じらう仕草が可愛らしすぎて、ライカの脳内は完全に処理落ちを起こしてしまう。


「ふあっ、ライカくん!? ライカくーん!!」


 突然の脱力でその場に崩れるライカを、ルミアは必死に揺さぶる。


『――やれやれだぜ』


そんな二人を見ながら、ピートは首を振ってため息をついた。

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