第4話 初めての夜と似た者同士

 森の中をしばらく進むと、日が沈みはじめて辺りも次第に暗くなってきた。


『暗くなってきたな。今夜は野宿するしかねえか』

「野宿って……ここで夜を明かすの?」


 ピートの言葉にライカがおどおどと声を漏らす。


 村で育ったライカにとって、森の中での夜は初めてだった。


 そんな彼の手をそっと取ったのはルミアである。


「安心してくださいライカくん、あなたは独りじゃありませんからっ!」


 元気づけるようなルミアの声には力があったが、その白くか細い手は微かに震えていた。


(ルミアも怖いんだ……)


 そう気づくとライカは自分だけ怯えてはいられないと思い、彼女の手をぎゅっと握り返す。


「ありがとう、ルミア。おかげで少し気が楽になったよ」

「いえいえ、ライカくんのお役に立てたならわたしも嬉しいです!」


 ルミアの見せる穏やかな笑みに、ライカの胸もじんわりと暖かくなっていく。


『あー、お熱いところ悪いけど、そろそろ焚き火の枝を集めるぞ』

「そうだねピート」

「それなら二人で一緒に探しましょう!」

『それを言うなら三人だろ、俺もいるんだからさ!』

「ごめんなさいピートさん」


 そうして三人は協力して焚き火用の枝を集めることにした。


 ライカとルミアが手分けして動くと、作業はあっという間に終わった。


「それじゃあ火を起こすね」


 ライカが拾っておいた火打石を使うと、枝の山に火が燃え移り、やがて大きな炎が立ち上る。


「暖かい……!」


 焚き火に手をかざしてほっとするライカ。


 その様子を見たルミアが首をかしげる。


「そういえば、ピートさんは火が怖くないんですか?」

『そういえばお前には言ってなかったな。俺は元々人間だったんだ。けど転生して蛇の姿になったのさ』

「ふえっ、そうだったんですか!? ……どうりで大人びた雰囲気だったんですね」

『ま、そういうこった』


 焚き火を囲んでそんな話をしてるうちに、空はすっかり夜の帳に包まれ、無数の星々が瞬きはじめていた。


「星空だ……! 外で眺めるのってこんなにきれいなんだね」

「そうですね~」


 腰を下ろして星を見上げるライカを、ルミアはとぐろを巻いた身体で微笑ましく見つめている。


 二人の間にあくびが重なる。


「ふあ~……なんだか眠くなってきちゃった」

「わたしもです~」

『俺が見張っておいてやるから、二人は休め』

「「はーい」」


 ピートの許可を頂いた二人は、焚き火の近くに並んで横になることにした。



 ――夢を見た。


 闇の中、ライカは一人でさまよっていた。


 村から追われ、加護【蛇使い】を忌み嫌われた過去が胸を締めつける。


 暗く、冷たく、果てしない闇の中、独りぼっちで歩き続けるしかなかった。


 心が冷たい闇に染まりかけたその時、彼の頭上に一筋の光が射し込んできた。


 見上げると、そこには白い肌の天使が微笑みながら手を差しのべている。


 恐る恐るその手に触れると、天使は柔らかい光でライカを包み込み、暗闇から引き上げてくれた――。



「――はっ!」


 ライカははっと目を覚ました。


 額に滲む冷や汗を手で拭いながら、夢の中の感覚をまだ引きずっている。


「なんだ、夢か……」


 隣を見ると、すぐそばでルミアが横になっていた。


「うわっ、ルミア!?」

「あ、ライカくん。気づいたんですね」

「どどど、どうしてこんな近くにいるの~!?」


 手を伸ばせば触れてしまいそうな距離感に、ライカはすっかりしどろもどろになってしまう。


 ルミアはそんな彼に顔を寄せて、穏やかに答えた。


「ライカくんがうなされていたので、そばにいれば楽になるかな~って思いまして」

「そう、だったんだ……」


 ルミアの無邪気な笑顔に、ライカは自然と警戒を解く。


「どんな夢を見ていたんですか?」


 問いかけられたライカは少し戸惑いながらも、静かに答えた。


「実はね、……ボクは村を追い出されたばかりなんだ」

「え、そうなんですか!?」


 驚いたルミアが口許を押さえる。


 ライカはゆっくりうなづいた。


「十歳になって授かった加護が【蛇使い】で、それが村のみんなから忌み嫌われて……。だから村を出るしかなかったんだ」

「そうだったんですね……」


 ルミアはそっと発育したての胸元に手を当てると、控えめな声で話し始めた。


「それなら、わたしも似たような境遇かもしれません」

「ルミアも?」


 ライカが不思議そうに聞き返すと、ルミアは静かに頷き、言葉を続ける。


「わたし、肌が白くて目も赤いでしょう? それが故郷ではみんなと違うって言われて、ずっと一人だったんです」


 その言葉に、ライカは思わず息を呑んだ。


「だから、外に出たんです。外の世界なら、きっと仲間がいるって思って」

「ルミア……」


 彼女の切なげな声に、ライカは胸が痛んだ。


「それでもなかなか仲間が見つからなくて、やっぱり独りぼっちで……。どうしようもなく寂しかったときにライカくんと出会えたんです」


 ルミアが微笑むと、ライカの顔にも自然と笑みが浮かんだ。


「そうだったんだ。じゃあボクたち似た者同士だったんだね」

「はい! 似た者同士です!」


 二人で小さく笑い合い、ライカの胸にあった不安が少しずつ溶けていった。


「ねえライカくん。その……ライカくんさえよければもっとポカポカになれる方法があるんですけど」

「ん、なぁに?」


 ライカが首をかしげると、ルミアは蛇の身体でそっと巻きつく。


「ちょっと、ルミア!?」

「こうして身を寄せれば、もっと暖かくなるんです。昔、お母さんがこうしてよく抱いてくれました」


 ルミアに優しく抱かれながら、ライカは恥ずかしさと共に安心感を覚えた。


「暖かい……それにいい匂いだ」


 昔話に出てくる蛇女ラミアーの伝承では、蛇の体は悪臭を放つとされていた。

 しかしルミアから漂うのは清々しい香りで、それがまたライカの心を穏やかにしていく。


「ふふっ。そういえばライカくんは十歳って言ってましたよね。それならわたしは三つお姉さんですね」

「そうなんだ……」


 優しく微笑むルミアに包まれながら、ライカは再び静かな眠りへと誘われていった――。

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