第3話 蛇女と仲間

 慣れない手つきでカッショクグマを解体し終えたライカ。


 終えた途端、彼の腹の虫が盛大に声を上げる。


「あ……っ」

『どうやら腹が減ったみてえだな。ちょうど熊肉もあるし、昼にするか』

「そうだね。……でも、熊のお肉なんて美味しいのかなあ?」


 先程までの猛々しい熊を思い出して不安げな声を漏らすライカに、白蛇のピートが応じた。


『まあ、時期とか食ってるものによるが、腹を満たすには十分だろ』

「それもそっか」


 ライカが納得したところで、ピートが肉の調理方法を簡単に教える。


 木の枝に肉片を刺して焚き火で炙る。

 ――至ってシンプルなやり方だ。


 焚き火を作るためにライカは枝を拾い集めに森を歩き回る。


「えーと、いい枝はないかな~っと」


 手当たり次第に枝を拾っていたライカだが、ふと何かの気配に気づく。


「あれ、今何かの声がした」

『どうしたライカ? ……っておい!』


 ピートが止める間もなく、ライカは森の中を駆け出す。


 その先で彼が見つけたのは、藪から飛び出した太い蛇の下半身だった。


「また蛇だ。……でもこの子、ただの蛇じゃない!」


 ライカが迷いなく黄色い模様の入った白い蛇を引っ張り出すと、現れたのは蛇の身体にくっついた美少女だった。


「蛇……じゃないの?」

「やっぱりか。そいつは蛇女ラミアーだ」

蛇女ラミアー!?」


 村の昔話に登場する、悪い子供を連れ去り食べてしまう恐ろしい怪物。


 その記憶が、ライカの背筋を凍らせる。


 だが目の前の蛇女ラミアーは気を失っていて、色素の薄い金髪が肩にかかり、透き通るような白い肌はかすかに泥で汚れている。


 何より彼女には怪物じみた恐ろしさを欠片も感じなかった。


「…………」


 ライカは黙って蛇女ラミアーを引きずるようにして運び始める。


『おい待て、そいつは危険だって!』

「それでも放っておけないよ」


 ピートの制止を振り切り、ライカは彼女をカッショクグマを解体した場所まで運んでくる。


 横たわる蛇女ラミアーを改めて観察すると、頭に小さなたんこぶができているのが目についた。


「ねえピート、ボクの【蛇使い】の力でこのヒトを助けられないかなあ?」

『回復の魔法を教えてやるよ。おでこを貸せ』

「こう?」


 ライカが黒い前髪をかき上げると、ピートが軽く頭を当ててイメージを伝えた。


「これが回復の魔法なんだね……。――大地の母神マームの加護の元、汝を癒さん。癒しの光」


 そう唱えるとライカの手のひらから優しい光が溢れだし、たんこぶはみるみる消えていく。


「すごい……!」


 驚くライカの声に反応するように、蛇女ラミアーがうっすらとまぶたを開けた。


「ん、んん……?」


 彼女の瞳は透き通るような赤だった。


「気がついたんだね!」


 ライカが笑顔を見せると、蛇女ラミアーは驚いて後ずさる。

 蛇の尻尾が地面にこすれ、不安げな音を立てる。


「はわわっ! 人間さん!?」


 彼女の透き通る声にライカは一瞬聞き入るが、すぐに答えた。


「君が倒れてたから、ここまで運んだんだ」

「あ、ありがとうございます。――はうう……っ、お恥ずかしいところを見られてしまいました~!」


 蛇女ラミアーは頬をほんのり赤く染め、恥じらいを見せた。


 その仕草が愛らしく、ライカは微笑む。


 彼女の顔立ちは整っていて、金色の髪が肩から流れるように伸びている。

 その下半身は蛇の身体だが、白く滑らかな鱗に淡い金色の模様が美しく映えていた。


 恐怖を感じるどころか、彼女の儚げな美しさに心を奪われるほどだった。


「自己紹介がまだだったね。ボクはミ・ライカ、ライカと呼んでよ。それでこっちは相棒のピート」

『ピートだ。お前を助けたのは他でもないこいつの意志だ、感謝しろよ』

「ルミア……です。助けてくださりありがとうございます」


 蛇女ラミアー――ルミアと名乗った少女は、控えめな胸に手を添えて深々と頭を下げた。


「ルミア、かぁ。見た目と同じで可愛い名前なんだね」

「はわっ!? かわいいってそんな~!!」


 不意なライカの言葉に、蛇女ラミアーのルミアはポッと顔を真っ赤にしてしまう。


 だが、その直後、彼女は少し不安そうに目を伏せた。


「あの……その……ピートさん……でしたっけ? 今、私にお礼を言えって……おっしゃってましたよね?」


『おお、聞こえるのか? 驚いたな、こいつは面白い』


「やっぱり……」


 ルミアは驚いたように顔を上げた。


「私、時々……普通の人には聞こえない声が聞こえることがあって……」


ライカは目を丸くした。


「えっ、ピートの声が聞こえるの!? それってすごいね! 普通はボクしか聞こえないのに! ……それでルミア、どうしてこんな森の中で倒れてたの?」


 ライカが問いかけると、ルミアは記憶を辿るように首をかしげた。


「それがですね……森の中で食べ物を歩いていたら、落ちてきた木の実が頭に当たったみたいで……」


 彼女は気恥ずかしげに目を伏せながら答える。


『え、木の実が当たって気絶?』


 ピートが呆れたような声を出し、ライカと顔を見合わせた。


『なんだそりゃ、間抜けだな』

「ひ、ひどいです……!」


 ピートの無遠慮な言葉に、ルミアは赤い瞳を潤ませるが、その瞬間彼女のお腹が盛大に音を立てた。


「あ、はうぅ~っ!」


 ルミアは顔を真っ赤にしてお腹を押さえる。


「ルミア、お腹空いてるんだね。熊のお肉を焼くから、一緒に食べない?」


 ライカが手を差しのべると、ルミアは一瞬躊躇ったものの、控えめにうなづいた。


「いいんですか……? ありがとうございます……!」


 ライカは焚き火のそばに戻り、ピートと協力して熊肉を枝に刺して火にかざす。


 その様子を見ていたルミアはどこか落ち着かない様子でその場に座っていたが、ふとライカの顔をじっと見つめた。


「ライカくんって、不思議な人ですね」

「え、ボクが?」

「だって、人間さんなのに怖がらないんですもの……」


 ルミアの声は小さいが、どこか不安が滲んでいた。


「うーん……ボクも少しは怖いと思ったけど、ルミアは優しそうな人に見えたからかな」

「優しい……?」


 ルミアは目を見開いた後、再び頬を赤く染めた。


「そ、そんなこと……ないです!」


 彼女は蛇の尾を小刻みに揺らし、恥ずかしそうに顔を伏せる。その動きがまた妙に愛らしい。


 ピートは煙たそうにため息をついた。


『相変わらず、お前は敵を作らねえ体質だな……』

「そんなことないよ、ピート。ただ、困ってる人は放っておけないだけだよ」


 ライカの言葉にピートは呆れたように顔を横に振るが、それ以上は何も言わなかった。


 しばらくしてこんがり焼き上がった熊肉をルミアに差し出すと、彼女は少し驚いた様子でそれを受け取る。


「これが熊のお肉……」


 恐る恐る一口かじると、ルミアの赤い瞳がぱっと輝いた。


「美味しい……! こんなに美味しいもの、初めてです!」


 夢中で食べるルミアの姿に、ライカもつられて笑みを浮かべる。


『そりゃよかった。これで文句なしだな』


 ピートも満足げに呟いた。


 食事を終えた後、ルミアは申し訳なさそうに口を開いた。


「あの、これからどちらへ行かれるのですか?」

「ボクたち? うーん、特に決めてないかな。目的地を探しながら旅してるんだ」

「そうなんですね……」


 少し考え込むようにした後、ルミアは小さな声で言った。


「あの、もしよろしければ……わたしもご一緒してもいいですか?」


「え?」


 ライカが驚き顔を上げると、ルミアは蛇の尾を縮めるようにしながら続ける。


「わたし、人間さんに迷惑をかけてしまうかもしれないけど……一人でいるのが少し怖いんです……」


 その言葉には真摯な響きがあり、ライカは一瞬考えた後、笑顔を浮かべて頷いた。


「もちろんだよ。みんなでいた方が楽しいしね!」

「ありがとうございます!」


 ルミアは嬉しそうに顔を輝かせた。


『はぁ……旅の荷物がまた一つ増えたな』


 ピートは呆れながらも、どこか楽しげな様子だった。


 こうして、ライカたちの旅に新たな仲間が加わったのだった。

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