第2話 蛇使いの力と命のやり取り

 突然目の前に現れて頭に直接言葉を届ける白い蛇に、ライカは驚きの声を上げた。


『何だよ、お前が驚くことねーだろ。お前は【蛇使い】の加護を持ってるんだ、蛇の言葉が分かるのは当然だ』


 白蛇の言葉に、ライカは目を丸くする。


「加護って、蛇の言葉が分かるだけなの?」

『それだけじゃない。加護には力が込められている。蛇使いのお前には蛇を操る力も備わってるんだ』

「蛇を操る……?」


 ライカは改めて足元を群がる小さな蛇たちを掬い上げた。


「君たちもボクが【蛇使い】だって分かるんだね」


 その言葉に蛇たちは、揃ってもたげた首を縦に振る。


『ま、俺みたいにおしゃべりな蛇はほとんどいねーがなっ』

「そうなんだ」


 ライカの手から小さな蛇たちが滑り降りるそばで、白い蛇は少し得意気に自己紹介を始めた。


『俺の名はピート。こう見えて昔は傭兵だったんだぜ』

「傭兵!? 蛇なのに?」

『いや、前世がお前と同じ人間だったんだ。戦いの中で死んで、白い蛇として転生してた』

「転生、そんなことが……」


 驚きながらもライカはピートの言葉をじっと聞き入った。


 転生の話に現実味はなかったが、不思議と彼の言葉には力があった。


『そんで、お前の名前は?』

「あ、うん。ボクはミ・ライカ、知っての通り【蛇使い】の加護に目覚めてるよ」

『ライカか。いい名前だぜ』

「そ、そうかな~?」


 ピートの称賛にライカは頭をさすって照れるも、次の質問で現実に引き戻された。


『ところでライカ、お前みたいな子供が独りでこんなところにどうしたんだ?』

「ねえピート、ボク、この加護のせいで村を追い出されちゃったんだ」


 ライカのうつむいた顔を見て、ピートは静かに言った。


『そうか……辛かったな』


 ライカの手に、ピートはするすると滑り降りてきた。


『ま、それでこそ【導き手】の甲斐があるってもんだ』

「導き手?」

『俺の加護だよ。この姿に転生して新しく神様から頂いたんだ』

「ピートも加護を持ってるんだ!」

『生きとし生けるもの全てに加護が授けられてる、そう教わらなかったか?』

「そうだったっけ」


 ポカーンとするライカに、ピートは二又の舌をチロチロと出し入れしながらため息をつく。


『まあいいさ。蛇の俺が蛇使いのライカを導く、いいと思わねーか?』

「そんなものかなー? ……でも他に頼れそうな人もいないし、これからよろしくね。ピート」

『おうよ、相棒っ』


 ピートを腕に絡めてにっこり微笑むライカ。

 ライカにとってこれが蛇使いとしての第一歩だった。



 首に巻いたピートに話しかけながら、ライカは森の中を歩く。


 先ほどまで薄暗く感じた森の中はしかし、相棒ができた今光が差し込んで明るくなったように見えた。


「ねえピート、これからボクはどうやって生きていけばいいかなあ? 追放された身で宛もないんだよね」

『冒険者になるんだよ。どんな境遇でも受け入れてくれるし、蛇使いの力なら必ず役に立つ』


 ピートの言葉に希望を感じたライカは、蛇使いの力についてもっと知りたいと思った。


『蛇使いってのはな、蛇を使役するだけじゃない。自身も使役する蛇の力を使えるのさ。ちょうど俺が持ってるのは再生の力だから、些細な怪我くらいならお前も自力で直せるはずだぜ』

「そうなんだ! 怪我も自力で直せるなら安心だね!」


 思わぬ力の発覚に目をキラキラと輝かせるライカだが、ピートは言い聞かせるように説く。


『だけどそれだけじゃいけねえ。戦う力もねーとなっ。そこはお前の力が試されるところだ』

「そっか。それもそうだね」


 ライカが心構えを固めたちょうどその時だった、ピートが鎌首をもたげて警戒を始めた。


「どうしたのピート?」

『何か来るっ、敵だ!』

「えっ、何!?」


 ピートが警戒の声を上げた直後、藪から姿を現したのは巨大な茶色い熊だった。

 鋭い爪を持つカッショクグマだ。


「ど、どうしよう……!」


 恐怖で動けなくなるライカ。


「グルルルルル……!」


 唸り声を上げてにらみつけたカッショクグマは、次の瞬間鋭い爪の生えた豪腕を振り下ろしてきた。


「ひっ!?」


 カッショクグマの鋭い爪で、ライカの肩がざっくりと切り裂かれてしまう。


「うあああああああ痛いよーーーーーーー!!」


 激痛に悶えるライカに、ピートが怒鳴った。


『落ち着けライカ! お前には力がある、このくらいならすぐに直せるはずだ、イメージしろ!』

「う、うん! えーと……自己再生!」


 とっさに頭に浮かんだ言葉をライカが唱えると、肩の裂傷がぼんやりとした光と共に瞬時に癒えていく。


「グオッ!?」


 自身のつけた傷を回復されてたじろぐカッショクグマ。


「はあ、はあ……!」

『できたじゃねーか』

「だけどさピート、この状況どうすればいいの?」


 ライカの言う通り、カッショクグマと目前まで接近されてしまった以上逃げることは不可能だ。


『それなら戦うしかねーよな』

「戦うって、あの熊と!?」

『【蛇使い】のお前ならできるはずだ! イメージしてやってみろ!』

「そんなこと言われたって、うわあ!」


 泣き言をこぼしながらもライカは、カッショクグマの攻撃をなんとかかわす。


「えーっと、イメージする、イメージする……!」


 自己暗示をかけながらライカは必死に考えて、そして思い付いた単語を叫んだ。


「――はっ、蛇睨み!」


 その瞬間彼の瞳が輝き、カッショクグマの動きが止まる。


 まるでその場に縫い付けられたかのように動けなくなっている。


「グオッ!?」


「あれ……?」

『よしっ、今だ! トドメを刺せ!』

「で、でも……!」


 躊躇するライカにピートが追い打ちをかける。


「生き残りたければやるしかねえ!!」


 震える手で唯一持ってきていたナイフを構え、ライカは熊の喉元を狙った。


 そして何度も突き刺し、ついにカッショクグマは倒れた。


「はあ、はあ……! ボク……倒したんだ……」


 ライカは手の中の血に染まったナイフを見つめた。


 その震える手をピートが巻き付きながら慰める。


『よくやったライカ。最初はきついかも知れないが、それでお前は強くなれる』

「でも、ボクが命を奪ったんだ……」


 ライカの心にはまだ迷いがあった。しかし、ピートは続ける。


『それは命を懸けた対等な戦いだ。お前が生き残るためには必要なことだったんだよ』


 ピートの言葉に、ライカは少しだけ肩の力を抜いた。


「これを解体して使えるものを持っていくんだよね?」

『そうだ。俺がやり方を教えてやる。これからの旅には、食糧も装備も必要だ』


 ライカはピートの指導で仕留めたカッショクグマを解体し始めたのである。

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