第02話:初めての錬金と奇妙な反応

 翌朝、俺は家の裏手にある小さな作業スペースにしゃがみこんでいた。

 昨夜錬成した「怪しい粉末」を土に混ぜて一晩。

 ほんの少しだけ土の表面が柔らかくなったような気がする。

 気のせいかもしれないが、確かに硬い地面が多少湿り気を帯びているような……。



「タクミ、朝から何やってるんだい?」

 


「ああ、母さん。ちょっと土の状態を確かめてたんだ」

 


「土? あんた、畑仕事だけじゃなく土いじりまで好きなのかい」

 


「まあそんなとこ。ちょっと実験中なんだよ」

 


「ふふ、あんたは昔から不思議な子だね。何か思いついたら、とりあえず手を動かして確かめるんだから」

 


「それが俺のやり方だからさ」

 


 母さんは首をかしげながらも笑顔で家の中に戻っていった。

 俺は小声でつぶやく。

 


「この世界には錬金術があるんだ。もしかして、前世の化学知識を応用すれば、魔力なしで色々作れるかもな……」

 


「おいタクミ! 何か手伝えって言ったじゃないか!」

 


「あ、親父。今行くよ!」

 


 父親に呼ばれ、俺は畑へ向かう。

 すると、そこにはミレーヌと、もう一人、村の娘であるクレアがいた。

 クレアは黒髪で涼しげな目をした、美人というより凛とした印象の少女だ。村でも器量よしと評判で、しっかり者だと聞く。

 


「タクミ、また変なことしてたんでしょ?」

 


「お前まで言うなよ、ミレーヌ。変ってわけじゃないんだ。俺はちょっと新しい方法を試してるだけだ」

 


「新しい方法?」

 


「そう、土を良くするために、ある粉を混ぜてみたんだ」

 


「はあ、タクミはやっぱり変わってるわ」

 


「クレア、お前まで……。でもな、もしそれが成功すれば、この畑で野菜がたくさん育つかもしれないんだぜ?」

 


「そんなこと、本当にできるの?」

 


「さあ、やってみなきゃわからないけど、やる価値はあると思うんだ」

 


 ミレーヌとクレアは目を合わせ、何やら不思議そうな顔をする。

 村人たちは皆、過酷な現実に慣れきっている。

 諦めが、この村の空気だった。

 だが俺は諦めない。

 


「よし、今日はもう少しあの粉を改良してみようと思う。二人も手伝ってくれよ」

 


「えっ、手伝い? あたし、錬金なんてわかんないよ」

 


「確かに、あたしも詳しくは……」

 


「いいんだ、手伝いっていっても、材料を拾ってくるくらいでいいんだ。あの鉱石、昨日ミレーヌが持ってきたようなやつをもう少し集めてくれないか?」

 


「うーん、わかった。クレア、一緒に行こうか」

 


「ええ、いいわよ。タクミ、期待はしてないけど、あんたがどうなるか見てみる」

 


 こうして二人は林のほうへ、鉱石を探しに行った。



 午後になり、俺は母さんの炉を借りて鉱石を加熱していると、隣に父親が来て腕組みをした。

 


「タクミ、お前、最近コソコソと何を作ってるんだ?」

 


「土を良くする薬みたいなのを、作れないか試してるんだよ」

 


「薬? お前さん、魔力はほとんどないって聞いたぞ」

 


「魔力がなくてもできる錬金術があるんじゃないかって思ってるんだ。前世……いや、昔の知識でな」

 


「ふむ、わけはわからんが、失敗しても落ち込むなよ」

 


「大丈夫、俺はやれるって信じてるから」

 


 父親は苦笑し、軽く背中を叩いて畑へ戻っていった。

 村人たちは皆、半ば諦めの気持ちで生きてる。

 でも俺はここで踏ん張らなきゃならない。

 このままじゃ、また飢えに苦しむ冬がやってくるだけだ。

 


「よし、温度はこのくらいか……」

 


 鉱石を加熱し、砕いた薬草の粉を混ぜる。

 小さな爆ぜる音がして、薄い蒸気が立ち上る。

 この世界の材料は前世と成分が違うかもしれないけど、理屈は似ているはず。

 


「タクミ、持ってきたよ!」

 


「おっ、ミレーヌ、クレア、ありがとう」

 


 二人が袋いっぱいに小さな鉱石を集めてきた。

 俺は笑顔でその石を受け取り、さらに調合を進める。

 


「タクミ、なんかすごい集中してるわね」

 


「当たり前だ。これがうまくいけば、俺たちの暮らしは変わるかもしれない」

 


「ふーん、そこまで言うなら期待してみるわ」

 


「まあ、タクミが成功したら、あたしの家でももっと食べ物が増えるかしら」

 


 俺は頷いて、そっと新しくできた粉末を指先でつまんでみる。

 今度はさっきよりも少しツヤがある。匂いも前ほど悪くない。

 


「これを明日また畑に試してみる。その結果で、何が起こるか……」

 


「まあ、うまくいったら褒めてあげるわよ」

 


「タクミ、失敗しても責めないから、気にしないでいいからね」

 


「はは、どっちにしてもプレッシャーだな」

 


 そんなやりとりをしていると、遠くで威圧的な声が響いた。

 


「おい、村長はどこだ! 今年の税はどうなっている!」

 


「……来たか」

 


 徴税官だ。帝国の役人は高圧的で、俺たちのような下層民を見下す連中だと聞く。

 せっかく俺は新しい挑戦を始めたのに、その不穏な気配が邪魔をする。

 俺は苦々しい気持ちで、村の中央広場へ向かった。

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辺境の農村から始まる俺流魔工革命~錬金チートで荒れ地を理想郷に変えてみた~ 昼から山猫 @hirukarayamaneko

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