辺境の農村から始まる俺流魔工革命~錬金チートで荒れ地を理想郷に変えてみた~

昼から山猫

第01話:異世界で目覚めた俺と痩せた農地

 気がつくと、俺は藁ぶき屋根の下、硬い藁床の上に横たわっていた。

 鼻先には土と乾いた牧草のような匂いが漂っている。

 頭が重く、まるで二日酔いみたいだ。

 だが、ここは俺の知る世界じゃない。

 だって、目の前には木製の窓枠、外には小さな牛小屋らしき建物、そして母親らしき女性が湯気の立つスープをかき回している。

 ……どうやら俺は生まれ変わったらしい。



「タクミ、朝ごはんだよ」

 


「お、おふくろ……」

 


「どうしたんだい? ぼんやりして。体調でも悪いのかい?」

 


「いや、なんでもないよ」

 


 俺は母さん――シーナと呼ばれる女性から木の椀に注がれた具の少ないスープを受け取り、すすった。

 味はほとんどない。塩気すら薄い。

 でも家族の愛情は確かだ。

 


「タクミ、今日は畑の手伝いがあるからな」

 


「わかってる、親父」

 


 父親の名はルド。粗い手で土を掘り返し、村でとれるわずかな作物を育てている。

 俺は生まれてから十数年この村で育ったらしい。前世のブラック企業勤めで過労死してしまった俺が、今ではこんな辺境の農村で暮らす少年だ。

 ここは帝国の最果て、魔力の弱い人々が押しやられた土地らしい。

 村の名はロウリエ村。痩せた土地で作物はほとんど実らず、いつも飢えの不安がつきまとう。

 


「タクミ、今日もあの硬い土をなんとかしなきゃいけないんだが、どうにも手が回らん。お前も鍬を持ってくれ」

 


「うん、わかった」

 


 俺は鍬を手に、狭い畑を眺める。

 ここは連作障害がひどい。雨量も少なく、土は固く、栄養も抜け切っている。

 前世では化学メーカーで研究補助をしていた俺。土壌改良だって理屈は知っているが、魔法で肥沃な土を生み出すほどの力はない。

 魔力がほとんどない俺は下層民扱い。魔術師になれず、武器を持つ戦士にもなれない。

 ただ、この世界には錬金術があると聞いた。材料さえ揃えば、何かしら土を改良する薬品を作れるかも。

 俺は曇った空を見上げ、なんとかこの村を豊かにできないかと考え始めた。



「タクミ、いつまでボサッとしてるの? 手を動かさないと父さんに叱られるわよ」

 


「お、おう……ミレーヌ」

 


 同い年の幼なじみ、ミレーヌが腰に手を当てて睨みつけてくる。

 薄茶色の髪を三つ編みにし、薄い綿の服を着た少女だ。俺とは幼い頃から一緒に雑用をする仲だ。

 


「まったく、今朝もぼんやり。どうせ変な夢でも見たんでしょ?」

 


「いや、ちょっと考えごとしてただけだよ」

 


「ふーん。まあいいや。はい、これ見て」

 


 ミレーヌが見せたのは、小さな丸い鉱石のかけらだった。

 村の近くでよく拾えるこの鉱石、どうやらこの辺境では価値がほとんどないらしい。

 でも俺は直感的に思った。前世で化学的に土壌改良ができる何かがあるかもしれない。

 この鉱石が何かの原料になれば、肥料らしきものを作れるのではないか。

 


「タクミ、そんな石ころ見てどうするのよ?」

 


「いや、もしかしたら……役に立つかも、って思ってさ」

 


「あはは、タクミがまた妙なこと言い出したよ」

 


「うるさいなあ。まあ見てろって」

 


 ミレーヌは笑い、俺は苦笑い。

 でもこの痩せた土地を何とかするためには、俺の前世の知識と、この世界の錬金術を合わせるしかない。

 村には小さな錬金用の道具があったはずだ。

 母さんが薬草茶を煎るために使う小さな炉、鉱石を砕くための簡易的なハンマー、そして謎の粘土壺。

 これらがきっと役に立つ。

 


「ミレーヌ、ちょっと俺、家に戻るから」

 


「え、手伝いは?」

 


「後でちゃんとやるから! ちょっと調べ物があるんだ」

 


「もう、タクミったら変な子……まあいいわ。父さんにはうまく言っとくから」

 


 こうして俺は、農作業そっちのけで家へ急いだ。

 あの鉱石を粉砕して、何らかの反応を起こせないか試してみたい。

 もし成功すれば、このカッチカチの土を少しは柔らかくし、養分を与える手がかりになるかもしれない。

 そうすれば作物が実って、俺たちが飢えに苦しむことも減るはずだ。

 


「よし、やってやろう。俺流の魔工革命の始まりだ!」

 


 興奮しながら家に戻ると、母さんが不思議そうな顔で俺を見ている。

 


「タクミ、何か思いついたのかい?」

 


「うん、まあね。ちょっと実験してみたいことがあるんだ」

 


「わけはわからないけど、怪我しないようにね」

 


「任せてくれよ」

 


 俺はさっそく礫石をすりつぶし、熱してみる。

 嫌な臭いが立ち上るが、薬草の粉を混ぜてみると、少し粘り気のある粉末ができあがった。

 試しに、庭の一角にその粉を撒き、少し水を注いでみる。

 すぐに結果は出ないだろうが、もしこれが土壌改良につながれば、俺たちの暮らしは大きく変わる。

 夜、俺は興奮してなかなか眠れなかった。

 この村を豊かにする、それは魔力が弱い俺にもきっとできる。

 まだ誰も俺を評価していないけれど、俺はこの荒地を理想郷に変えてみせる。

 そう心に誓いながら、俺は小さな炎が揺れるランプを見つめた。



 翌朝、畑を見回すと、変化はまだ何もない。

 当たり前だ、一夜で奇跡は起こらない。

 だが、俺の胸には不思議な高揚がある。

 この世界で、俺はもう一度チャンスをもらったんだ。

 前世で果たせなかった夢、ここで実現してやる。

 誰に見下されようが、俺は必ず成功してみせる。

 そう思っていると、遠くから村人たちがざわめく声が聞こえた。

 どうやら帝国からの徴税官が近づいているらしい。

 まだ何も成し遂げていない俺たちの村を搾り取ろうと、また嫌な奴が来るのだろうか。

 この先、不穏な空気が漂う気がする。

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