第4話
向風学園所属、二年生。
迎田茜。
彼女は現在、学園の中でもエリート中のエリートしか入れない事になっている『プライド』学科に在籍している。
そこでは主に『アンノウン』との戦闘訓練の他、普通の傭兵としての戦闘訓練も行われている。
傭兵と言っても行うのはあくまで保安を目的とする事が多い。
なのでボディガードという表現する方が妥当かもしれない。
そんな彼女、迎田茜は『プライド』学科からかなり浮いている。
あまり笑わず口数も少ない彼女は、友達が誰一人としていなかった。
……戦士を育成する組織とはいえ、所属しているのはみなティーンエイジャーの女の子達。
彼女達も年頃の女の子のように話す事は大好きだし、そして空気を読まず黙ってばかりいる奴に気を掛けたりするほど暇ではなかった。
彼女も彼女で独りぼっちでいる事には慣れっこだったので、だからいつも教室で一人きりになっている状態を甘んじている。
成績はトップクラスなのがまた問題の種として教師達は頭を悩ませている。
もっと協調性を持ってもらいたい。
だけどそれを押し付けて成績を落とさせてしまう訳には……みたいな感じらしい。
「……ふーん?」
俺はラプラスのフィールドワークによって集められた情報に目を通し、深く頷いた。
ちなみにラプラスはご褒美としてアプリコットジャムとバターとホイップクリームがたっぷり乗ったパンケーキを食べに行っている。
当然、人間に扮してだが。
そして俺は一人寂しく自室にこもって彼女の情報を改めて整理する。
迎田茜。
17歳、女。
向風学園の秘蔵っ子にして秘匿された女の子。
……どうやら人為的に天才を創り出すプロジェクト、『アーカーシャ』計画に参加した女の子の一人らしい。
ちなみにそのプロジェクトはとあるヒーローが介入する事によってなかった事になったのだが。
だけど、既に行われていた実験に関してはノータッチというか手の施しようがなかった。
その一人が、彼女だった訳だ。
「うーん、という事は彼女に関しては俺の責任でもあるの、か?」
何とも言えない。
彼女が俺に見せたあの笑顔、作り笑いには見えなかったけど、だけど学園では一切笑わない子らしい。
どっちが本物なのだろう。
学園で笑わない理由と、俺の前で笑った理由。
どちらも分からない。
分かるのは、彼女にもいろいろと事情があると言う事。
……それを探ったりするほど、俺は彼女と仲良くなった訳じゃない。
「んー……」
兎に角、現状は彼女にはアルバイトとして働いてもらう事になっている。
現在、日曜日の朝10時。
彼女は1時ころやって来る。
本来ならば最初は3時間の勤務時間でやってもらうつもりだったが、彼女はいきなり7時間働きたいとの事なので、とりあえずは6時間働いて貰う事になった。
まあ、そもそもとして人がまず来ない喫茶店なのでぶっちゃけゲームとかで遊んで貰っていても構わない訳だが。
「おはようございます、店長!」
からんからん、と扉が元気よく開かれて満面の笑顔を浮かべた迎田茜ちゃんが姿を現す。
俺は「おう、元気だな」と挨拶をし、着替え室の方を指差す。
「とりあえず、まずは着替えてきてくれ」
「了解でっす!」
これまた元気な返答だ。
普段全く笑わない子だとは到底思えない。
ま、辛気臭い表情でいられるのもそれはそれで困るので、こちらとしてはありがたい。
とはいえ、だ。
「あんまり元気に笑顔を振りまいていると疲れるから、適度に気を抜いてなー」
そう言っておく事にする。
それに対し茜ちゃんは背中で答える。「分かってまーす」
本当に分かっているのかどうかは分からないけど、ともあれ本人の言葉を信じるしかない。
そして、彼女が姿を消したころ、そこで唐突にラプラスが帰って来る。
『よお、ただいま』
「ん」
『あいつ、迎田茜だっけ、か? すげー顔してたぜ?』
「ん?」
『すげー無表情。お前に見られてないって分かってたから、あんな表情だったんだろうなァ』
「……」
つまるところ、それならばどちらかというと無表情が素なのか?
だとしたら、やはり本当に笑顔を浮かべられるような相手が出てきて欲しい、なんて思ったり。
とはいえ彼女が『プライド』学科の戦士である以上、それはなかなか難しいか。
友達、いないみたいだしな。
逆に、ここでアルバイトとして働こうと思ったのももしかしたら彼女が何か変わろうとしている何かなのかもしれない。
だとしたら、応援しないとな。
給料も弾ませよう。
「着替えてきましたー、店長」
と、彼女が戻って来る。
元気で結構だし、制服も似合っている。
「おう、それじゃあ机を拭いて来てくれ」
「りょうかーい」
「それが済んだら、奥で休んでてくれて良いからなー。何ならテレビとか見てても良いし、置いてあるゲームもやって良いから」
「えー、私この時間に見ても面白い番組がないのは知ってるし、ゲームもやった事ないからなー」
「何事も挑戦だよ、茜ちゃん。折角だからゲーム、やって見なよ」
「……あいー」
少し困ったように頷き、それから机を拭きに向かう彼女。
その後ろ姿を見ながら、俺はとりあえずコーヒー豆をごりっごりと挽いていくのだった。
「そういえば、店長」
「んー?」
と、そもそも少ない店の机をあっという間に拭き終えた茜ちゃんが大ふきを持ってこちらに帰って来る。
「お店、全然人がいないですけど。何時くらいが混むの?」
「いやー、ぶっちゃけこの店が混む事はないね」
「え、?」
どういうこっちゃという表情をする彼女。
「それ、大丈夫なんですか?」
「まあ、何とかなってるよ」
「……人が来ないと、潰れちゃうんじゃないの?」
「そうだねぇ」
なんか、思ってた通りの会話が出来て凄く嬉しかった。
これだよこれ、こういう会話がしたかったんだ。
「満点を上げよう、茜ちゃん。給料アップだ」
「え、何故に?」
「ではなくて、そうじゃなくて茜ちゃん。暇ならさっきも言った通り従業員室で遊んでくれて構わないからね」
「いえいえ、こうして店長と話しているのが一番楽しいから」
「なるほど、若者らしい」
「ですかー」
「だなー」
なんか、毒にも薬にもならない会話になってきている。
それもまた彼女に必要なものだと思ったので、特に止めはしない。
ただ、こちらも後少しで30のおっさんなので、若者の会話に付いて行けるかどうか心配だった。
ちょっと、手加減してくれよ?
「茜ちゃんって、何か好きな食べ物ってあるのかな」
「食べ物、ですか。一番好きなおかずはやっぱりカツレツですかねー」
「おっ、豪快だ」
「で、好きなスイーツはパンケーキです。最近はほら、これを食べに行ったんだー」
と、彼女はポケットからスマホを取り出し写真を見せてくれる。
なんか、見覚えのあるアプリコットジャムとバターとホイップクリームが山ほど積まれたパンケーキだった。
こんなもん食ったんか、こいつら。
鉄の胃袋か?
あるいは甘いものは別腹とでも言うのだろうか。
女の子の摩訶不思議な肉体の特徴である。
「美味しいの?」
「さあ?」
「へ?」
「ただ、なんかバズっているパンケーキだったので食べに行っただけで、味は二の次だった」
「ええ……?」
「ま、美味しかったけどね。ただやっぱり量が量だったから、最終的にお持ち帰りしたんだ」
「こういうお菓子ってお持ち帰り出来るんだ……」
衝撃の事実だった。
そんな便利なサービスをしてくれるお店あるんだと思ったが、しかしカロリーで人をぶっ殺すぜと言わんばかりのスイーツなのでそういうのももしかしたらあるのかもしれない。
「結局三日かけて食べ切ったな」
「三日も掛かったんか……」
そしてそれを一日の短期間で食べ切ったラプラスは傍から見てどうだったのだろうか?
それもそれで少し気になるのだった。
「……それにしても、本当に人が来ないね」
と、それからしばらく話し込んだのちに、彼女が思わずと言ったように呟く。
実際問題、3時間が経過したが誰一人として客が来ない。
……全く人が来ないというのも珍しく、ちょっと寂しい。
「いつもこうなんですか?」
「いや、いつもは二時間に一人か0人って感じ」
「それじゃあいつも通りって事なんだ……」
「そうとも言う」
「暇、だね」
「だろ?」
「こんなんじゃこの店、潰れちゃうんじゃないですか?」
「そうだなぁ」
やっぱりその会話に行き着くんだなぁ。
俺は苦笑いを浮かべて頷くのだった。
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