第3話

 ざーざーと雨が降っている。

 おおよそ外出できるような天気ではなく、だというのにも拘らず彼女――迎田茜は姿を現した。

 彼女が何故こんな天気の中外出していたのかはすぐに察しがついた。

 彼女が通っているであろう学園――向風学園は特殊な場所だ。

 あそこは一般には超お嬢様学校として通っているが、その実態は違う。

 真実は『アンノウン』対抗戦士育成施設として設立された極めて物騒な機関なのである。

『プレデター』が壊滅した事によりその役割は失われたと思われていたが、しかしこの様子だとどうやらまだちゃんと機能しているみたいだ。


『アァ、そうだな岸波。獲物の匂いがぷんぷんするぞ』


 ……俺の相棒も言っている。


『アンノウン』だ。


 どうやら迎田茜は『アンノウン』と交戦し、そして敗走したらしい。

 そしてそいつは今、この店の外を徘徊している。

 店に侵入してくる程理性がない訳ではないのか、はたまた抵抗を警戒しているのか。

 どちらにせよ、このままではいかないだろう。


「茜ちゃん。ちょっと俺、外に出るから」


 傘を手に取り外に出ようとする俺を彼女は「ぇ、え!」と驚いた様子を見せる。


「だ、ダメッ!」

「大丈夫大丈夫、すぐに帰って来るから」

「いやでも、いや。ほらっ! 雨が降ってるし」

「野暮用だから、すぐ帰って来るって」


 強引に言い、それから留守を任せるように言いつけついてこないようくぎを刺す。

 そして傘を差して外に出て50メートルもしないうちに――奴は現れた。


 それは黒い人型をしていた。

 手足が長く、まるでカマキリの様だ。

 実際、その手には巨大な鎌が握られていて、そこからはぽたぽたと血が滴っている。

 それは何かを切りつけたからなのか、あるいはただの「そういう」ものなのか。

 どちらにせよ、ここで仕留めるしかない。


「頼むぞ、ラプラス」


『ああ、分かってる』


 俺の影から飛び出してきたもの。


 ――ラプラスブレイドを構え、俺は柄についているトリガーを、引く。




『caution!!』


『caution!!』


『caution!!』




 真っ赤な文字が描かれたホログラムが周囲に浮かぶ中、警告音が鳴り響く中、俺は思い切りラプラスブレイドで空間を切り裂き、叫ぶ。



「割裂っ!!!!」


 姿が、変わる。

 影の中から赤と黒の光が飛び出し身体を包み込む。

 そして姿を現したのは――一体の戦士。


 ラプラス。


 かつて『プレデター』を滅ぼしたヒーローがそこにいた。

 

 ……俺がラプラスと呼ばれる者である事を知っているのか知らないのか。

 あるいはそんな事に意味を見出していないのか。

 その人型『アンノウン』は咆哮を上げ、猛スピードでこちらに突っ込んでくる。

 鎌の切り裂き攻撃を避け、俺は肉薄して拳をその胴体へとぶち込んだ。

 ラプラスパンチ――などと安直な名前は付いていない。

 ただこの肉体は俺と契約している『アンノウン』にして転生チート能力――ラプラスから常時供給されているエネルギーを100パーセント運動エネルギーに変換している。

 そのパンチ力は一撃でトラックを粉砕し、ちょっとした家を半壊させる事が出来るほど。


 そしてそれをもろに食らった『アンノウン』は身体をよろめかせ、そして膝をつく。

 それでも俺より身長が高いのだから、驚きだ。


『さあ、とどめだ岸波』


「……ああ」


 俺はラプラスブレイドの引き金を二度連続して引く。

 するとラプラスブレイドの刃からぽたり、と一滴の赤い雫が零れ落ち、地面に落ちる。

 ――そこを中心に真っ赤な亀裂が走り、それは『アンノウン』の元へと走って行き、そしてその身体に触れた瞬間『アンノウン』の身体にもその線が巡る。

 激しく痙攣するが、動けない。

 完全に行動を停止した『アンノウン』に俺はゆっくりと近づき。


 そして、右回し蹴りを全力でお見舞いする。




『ラプスティック・ビクトリー!』



 ――蹴りが直撃した瞬間、赤い亀裂が激しく点滅し、そして次の瞬間『アンノウン』の肉体が破裂する。

 飛び散った肉体は影に溶け、そして完全に消えてしまう。

 後には何も残らない、それが『アンノウン』の最期だ。


『よし、終わったな――久方ぶりの戦いだったのに、まるで歯ごたえがなかったなァ』

「歯ごたえがある方が問題だ……それより、奴らは一体なんだ? 『アンノウン』を使役する『プレデター』は俺達が潰した筈なんだが」

『それこそ俺の知った事じゃないな。それより、早く帰ろうぜ?』

「そう、だな」


 早く帰らないと、茜ちゃんに不審がられるかもしれない。

 俺はまず傘を拾って差し直し、それから変身を解く。

 そしていつも通りに平然とした顔で店に戻り、そして扉を開けるのだった。



「あっ、店長さん!」

「おう、ごめんなお待たせしちゃって」

「いや……その、心配だったから」

「ちょっとお使いしてきただけだから、そんなに心配する必要ないよ」


 俺はカラカラ笑い、それから彼女の姿を見る。

 ……どうやら俺がいない間に着替えをしていたらしい。

『猫の夢』の制服、黒と白のチェック柄のスカートにブラウス。

 うん、似合っているな。

 ところで、着替えはどこに仕舞っているのだろうか?


「その、着替えは洗面所に置いておいたので、その。勝手に乾燥機を使うのは失礼かって思ったから」

「うん。乾燥させておくから、乾くまでその服を着て待っててくれ。それか、使い方を教えるから自分で乾燥機を使ってみる?」

「ううん、お願いします」


 素直にそう言ってくるので、俺は頷き洗面所へ向かい彼女の衣服を乾燥機へと投入する。

 ……汚れは既に落ちていた。

 特に血痕とか。

 さては、そういうのを落とすための道具も持ってたんだな?

 多分そういうのも含めてどこかに隠したんだろうけど、一体どこに?

 

「ま、そこら辺は首を突っ込むところじゃないか」


 そう思い直し、俺はとりあえず目の前の衣服を乾燥させるために電源を入れるのだった。

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