第2話 異例づくしの異世界転生者選抜試験

 僕は何者かの気配を感じて目を覚ました。


「おお、やっと目覚めたみたいだ。これで三十人揃ったようだな」

 身体を揺すっていたのは、見ず知らずの中年男性。

 目をこすりながら、学校の教室らしき場所を見渡した。歳も性別もまちまちな三十人ほどの男女がお行儀よく各々が席について、僕の方を興味深げに眺めている。

 男女比は、やや男性のほうが多そうだが、ざっと六対四くらいか。

 黒板に目をやると、そこには『8時になり次第、ホームルームを始める。各自時間まで席に座って待機するように』とチョークで書かれていた。

 いまだ、この状況がよく飲み込めていない僕に先程の中年男性が心配そうに声をかけてくる。

「8時になってみないと分からないが、ここにいる全員は何らかの理由で、ここへ転送されて……という表現が的確かどうかは別にして……きたらしい」

 男の言ってる意味がさっぱり分からない。

 朝の8時なのか、夜の8時なのかさえ不明なんだが……。


 せっかくのモテ期到来に気を良くしていたところだってのに、それに水を指すような劇的展開は一体全体どういうこと?!


 僕はあやふやな記憶を遡ってみた。

 確か……。

 アパートへ徒歩で帰る道すがら、その僅かな時間も受験勉強にあてなければとは自分に言い聞かせながらも、ついついスマホを手にとってしまう。

 暇つぶしに閲覧のみしているSNSを何気なくスワイプしていると、一つの広告が目に止まった。


 普段だったらスルーしてしまう、いかにも怪しげな広告だったが、この時は魔が差してしまったとしか言いようがない。広告画面をタップした先にはこうあった。

『人生に疲れた人求む。特別枠を設定。三十人限定! 騙されたと思って即タップ!!』

「いやいや、あからさまに怪しいでしょう?」

 そうボヤきながらも、何故かその広告から目が離せない。

「あまりに怪しい。いや、逆に怪しすぎて逆に気になって仕方ない」

 今思い返せばあの時躊躇なくリンク先を開いてしまった僕の精神状態は相当参っていたに違いない。

 カフェで働く女子たちからは、あからさまな好意を浴びつつも時に「若いんだから、もっと夢を持ちなさいよ」とか「こんなところで一生棒に振る気? 若い女の子は見向きもしないわよ」などと、身も蓋もない説教をされることもある。


 そして現在に至る。

 ホッペをつねるまでもなく、どうやら僕は摩訶不思議な異空間に転移させられて来たようだ。

 教室の壁に掛けられている時計の針が8時きっかりを指した。


 それと同時に予鈴が鳴り、前方のドアが開くと一人の、あれ……女の子? んんー? どう見ても十一、二……いや、見ようによっては十歳以下にも思える小柄で髪の毛をポニテに結わえた少女が教室に入ってきた。ツカツカとハイヒールが打ち鳴らす音を響かせながら、堂々とした態度で教壇の前に立つ。

 ハイヒールを履き、スーツをビシッと着こなした少女は、違和感の集合体としか例えようがない。

 教壇から上に出ているのは、その少女の肩から上のみで、なんとも微笑ましい。その滑稽な画に思わず、くすと笑いがもれたのは僕だけではなさそうだ。


「ふっ……」

「ロリババアだ!」

「リアル・ロリババアっているんだ」

「マジか?!」

「おいおい、あれが試験官か? それもロリババアだとは」

「もしかして、すでにこの教室はすでに異世界なんじゃね?」

「しかも、いっちょう前にスーツにハイヒールって……。これって笑っていいんだよな?」

 僕の周囲からも、口を手で抑えて笑いをこらえている者がちらほら散見された。

 すると、子供試験官(でいいのか?)が教室内の男女を睨みつける。

 目は燃えるような怒気を含んだ鬼気迫る形相だ。


「静粛に!」

 試験官(?)は、ヒステリック気味に荒げたキンキン声を張り上げた。

「おい、聞いたか? いま、静粛にって……」

「ああ、たしかに」

「こちらの期待を裏切らない言動にはいたみいります」

「それでこそロリババア」

「よくぞ言ってくれた。受験に申し込んだかいがあったってもんだ」

 どうやら、僕はこれから何らかの試験を受けることになっているらしい。

 しかし大半の受験者と違って、志望理由の思い当たらない僕と他との間にはかなりの隔たりがある。

 試験に臨む志願者を睥睨しながらロリ試験官が、立場の違いを知らしめるように冷徹な声音で通告する。

「私には、受験資格を取り消す権限も与えられていることも忘れるなよ!」

 その凛とした一声の効果があったのか、それまでざわついていた教室内が一瞬で静まり返った。


 それ以降、ロリ試験官(便宜上こう呼ばせていただく)は粛々と任務を遂行していく。

「ここにいる全員が、異世界転生志望、ないしは異世界への並々ならぬ憧れを抱いている者たち……で、間違いはないな?」

 すると再び室内がざわついた空気に支配される。

 彼女のルックスに違わぬ、思い切りアニメ声にクスクス笑いが漏れるのは致し方ないと思うのだが……。

 教室に集められた者たち全員が、事前に訓練を受けたかのように一斉にコクリと一度だけ小さく頷いた。

 こいつら一瞬で飼いならされちゃったよー。


「うん、よろしい。では早速だが、実は最近とみに異世界への転生希望者が増加の一途をたどっているのは周知の通り。この事態に当事務局もほとほと困り果てておるらしい」


 何を言っとるのだ、彼女は?


「そこで、一気にふるいをかけることで、その厄介事を手っ取り早く解消することなったわけだ。まあ要は足切ってやつだな」

「えーっ!!」

 教室に集められた者たちから、一斉に不満の声が上がる。

「ちぇっ、たった一人かよ!?」

「それって、あまりに狭き門すぎじゃね!?」

 ロリ試験官は受験者らの雑言や暴言には一切耳を貸すことなく、淡々と話を進める。


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